個室は危険だな。周りに気を使わなくて良い分感情が爆発する。


私はBUMP OF CHICKENというバンドがとても好きなのだけどPinkyという曲があって、これは昔からなんとなく私にとって特別な曲だった。


そういえばさくらの頃の歌だったなと


なんとなくぼんやり外を見ながら聞いていたら涙が後から後から溢れてきて、私は嗚咽を漏らして泣いた。




昨日、医師との話し合いが合って今の主治医は私の気持ちをきちんと拾ってくれる先生なので思い切ってこれからどうしたいかの話しをした。


私は今後、全てを先生に診て頂きたい。
病院もここに掛かりたい。


家族がすぐそばに居てくれるという安心感は、何者にも変え難い。



そして再発部分のオペについての事。



正直ここが一番問題だった。


父や友人には、もうここで抗がん剤をする事で治療を完結させたいという旨の話をした。
精神的に疲弊していた私に、もう一度立ち上がる気力と体力が果たして残っているだろうか。



自分でも、もう分からなくなっていた。



友人はもう少しがんばろうと。
父は一瞬息を飲んで止まった後
お前が決める事だ、と言って電話を切った。


そして昨日一日、LINEで色々な人と話をした

ピーチ姫ちゃんやK病院のお仲間、コメ...


アメブロの闘病カテで同じく戦われている方のブログを読み返したり。


皆さん、頑張っている。


そして最終的にピーチ姫ちゃんと話した中で、もう一度自分も再発部分のオペが出来るのであれば、治療の道を模索し続けることを決めた。



私は今まで患者会で壮絶なサバイバーさん達と何人かお会いしたが、あの方達は本当に凄かったのだ。


とある女性にお会いした時の記憶は今も鮮明に残っている。

可憐でどこか少女の様な雰囲気を持った方で、
何度ものオペを経て、そこにおられた。

その内容たるや凄まじく、しかし笑って


「だって生きる事が一番大切ですもん」


と話してくれた。



これを何度も乗り越えてきて今生きているのだ。癌患者が生きるという事は、並大抵の努力では無理なのだ。



果たしてその努力が、私も続けられるかは今は分からないけれど。



それでも、もう一度だけでも。