雨はもう完全に止み、たれ込めていた雲も少しずつ上がっていきました。
ときおり、雲の切れ目から青空も見えるようになりましたが、気温はなかなか上がりません。でも、強い風がないのが救いです。
折り返し地点42.1kmで5時間21分経過。キロ7分30秒と少しで走って来ました。疲れてはいますが、精神的にはまだ余裕。あと30km、何が何でも走り切る気持ちでいっぱいです。ただし、どこで失速するかはもちろん、不明。そこからが本当のウルトラマラソンだという気がしていました。
折り返しからは、これまでのコースを(ほぼ)逆走します(精進湖畔は走らない)。
でも、いきなり土産物屋さんでトイレをお借りしました。すみません。
そしてレースに戻ると、アミノRCのメンバーで112kmにエントリーしているSさんと遭遇。頑張ってください!
精進湖を越え、赤池、青木ヶ原あたりの坂にかかる大橋の後半で、ついに少し歩きました。この辺りで47~8km経過。まだまだ先は長いので、きつい坂は無理しないことにしました。
歩くことは後ろめたいことなのですが、どんな大会でも「歩きゼロ」はあり得ないので、こだわりを捨てました。
そして、ふたたび西湖野鳥の森公園、50km超え。
またうどんをいただく。パイプ椅子に腰掛けると、足がむくんできているように感じたので、靴ひもを緩めました。指がかじかんでいて、紐をほどくにも一苦労です。
膝や腸脛靭帯に異常はなし。この地点のちょっと手前で左臀部の痛みを感じましたが、いつものようにすぐ消えました。
今回のウルトラで一番気になっていたのが、左膝内側の痛みです。普段でも、正座とかあぐらをかいていると左膝の内側が痛くなるのです。これは、ランニングをする以前からの痛みです。でも、走る時には痛みが出ません。
「経験したことのない距離を走ると経験したことのない痛みを感じる」と言います。事実、いびがわで初フルを走った時には、初めて左すねが痛くなりました。
だから、左膝の内側に痛みが出るのではないか、不安でした。でも、これまでの50kmや60kmの練習でも出たことがありませんので、何とかなるかなと思っていました。
結局フィニッシュした後にも痛みは出ず。ホッとしましたが、今、これを書いている間、正座なのですが、痛いです(笑)。曲げすぎると痛いようです。診てもらった方がいいかも。
でも、走れば走るほど、痛みが少なくなるのが不思議ですね。以前ほどの痛みはもうなくなっています。「走って治す」というわけですね。
3月の終わりに50km完走、先週60kmと距離を伸ばしてきており、その都度、一人ということもあり、最後では歩くこともあったのですが、超回復の力、そしてレースというテンションの高さがこれまで以上の力を発揮させるようです。
50km経過時点(野鳥の森公園)で6時間47分。今調べて気づいたのですが、3月末の初50km走の時は6時間24分でフィニッシュしてました。あの時は休みも長く取っていたのですが。今回は72kmなのでゆっくり目に走ったのかもしれません。
でも、あの時よりも余力が残っています。あとハーフ一本です。
天候は少し回復し、時おり陽光が射し、影が路面に映ることもありました。でも、基本的には曇り。場所によっては強い風も吹いてきました。やはり寒いです。
この辺りになると、ランナーたちもまばらです。黙々と走って(歩いて)います。
西湖を過ぎたあたりで、数名の男性が固まって応援してくれています。
「おー、アミノ頑張れー」
アミノバリューRCのオレンジ色のキャップが目立ったようです。手を挙げて応えました。応援嬉しいなあ。
さすがに、各湖周辺の応援者は少ないです。時には自前でエイドを開いている人もいます。本当に本当に嬉しいです。
西湖から河口湖まではさっきの逆で急な下り坂。勢いに乗せずにゆっくり下っていき、西浜小・中学校のエイドステーションに到着です。
58km経過です。あと14km……休憩も早々に出発です。
ふたたび河口湖に戻り、南側の岸辺を走ります。ガーミンを使っていない僕には距離が上手くつかめず。細かな距離表示はないので、想像で『もう、60kmかな?』と決めてました。
そして、もうひとつエイドステーションへ。地元の健康科学大学の学生さんが運営しています。元気な声、明るい笑顔に励まされます。
再スタートのところで女子学生がハイタッチの列を作ってくれました。照れくさいながらもハイタッチ!
62.5km経過。あと10kmです!
時計を見ると、16時29分。10kmを91分以内で走れば、18時までにフィニッシュです。つまりグロスタイム10時間を切ります。
今回、僕は目標タイムを設けていませんでした。とにかく、制限時間内での完走です。
練習で60kmはグロスで9時間24分で走りました。その時より5分遅い程度(ほぼ同じペース!)。なので、このペースで『18時までに到着しよう』と目標を設定しました。91分で10kmつまりキロ9分。
余裕だと感じました……しかし、そうは問屋が卸さなかったようです。
このあたりに来ると、抜きつ抜かれつするランナーたちと一緒に走るようになります。ペースがここに来て揃うんですね。でも、僕の場合は、抜いたあと、ばてるのでエイドで少し長居をし、その間に抜かれてしまいます。
そして、遅れて出発したあと必ず追いつき、追い越します。で、ばててまたエイドで長居をして抜かれます…これを3回くらい繰り返してしまいました。ちょっと、エイドでの長居が過ぎるようです。筋肉が固まるので、やはり早めに出た方がいいようです。
いつも抜いてしまう人の走り方を真似ようと、追いついたら速度を合わせてみました。ストライド狭く走っています。足の長さより少し長いくらい(40cm)でした。
『なるほど、これなら歩くよりは速いけど、ばてるほど速くはない』
要領が分かったので、それで走ってみました。すると、数百m走っては百m歩くという感じだったのが、2~3kmくらい走り続けることが出来ました。ちょっと後半のペースダウン対処法が分かった気がします。
河口湖大橋が見えてきました。その辺りで湖畔を離れ、富士吉田の街中に入ります。戻ってきたなあという感じがします。時おり交差点の信号で止まる。これが嬉しいのだか辛いのだか分からない。休めていい半面、リズムが狂うのです。
そして、少し郊外に入った辺りで最後から二つ目のエイドステーションです。ここで65km経過。
時刻は17時7分。さっきのエイドから5kmを38分で走ったことになります。目標の18時まで残り時間53分
『あと5kmだから、キロ10分』
ちょっと余裕だなと感じました。これが間違いの元でした。
このチャレンジ富士五湖ウルトラマラソンでは、マラソン川柳と俳句をエイドで募集しているのです。下手ですが俳句を読むのが好きな僕も、投稿しようと考えていました。休憩もかねて、考えていた句を短冊に書いて出しておきました。
【川柳】
天空のボランティアより雨エイド
水溜まり避けない距離は伸ばさない
【俳句】
ランナーのロード温める穀雨かな
雨を中心に詠んでみました。恨みたくなる雨でしたが、逆にとらえています。いい句は表彰されるということなので、ちょっと期待しています。
さて、最後の5kmだ、と立ち上がって時計を見ると、17時17分。10分が経過してました。慌ててロードへ。
残り10kmの時点でキロ9分と考えていましたが、甘いもくろみでした。ここからは最後の1kmを残して登り坂なのでした。いびがわマラソンのコースと金華山の峠越えトレを愛している僕ですが、65km走って来たあとでは、このなだらかな登り坂はかなりキツい。ひとまず1.5kmは走れたのですが、その後は歩く始末。でも、早足で頑張りましたが、「残り3km」で脚が死にました。もうとても走れる状況にはありませんでした。
『10時間は次回にお預けだ…』
完璧にマイナス思考となっていました。限界を超えてからがマラソン、ということも忘れていました。夕暮れが近づいてきた富士山北麓に僕の思いも陰っていくようです。
コースの最後は森の中の登り道をまっすぐ行き、突き当たりを左折してまた左折すると北麓公園の競技場に着きます。最初に左折して少しすると最後のエイドステーションとなります。そこから900mでゴールとなってます。あと少しですが、もう走る気力なし。
最初に左折したところに、まだ陽は落ちてませんが、工事現場で使用される大きなぼんぼりのような照明が準備されていました。
『明るいうちに帰れそうなのに…』
少し悲しくなりました。が、そのままいくと、最後のエイドステーションのテントが目に入りました。思いのほか早く着いていました。時計を見ると「17時51分」!
『900mを9分で走ればいいんだ!』
俄然元気が出てきました。しかも、最後の1kmは下り坂になっています。周囲のランナーも走り始めていました。同じことを考えている人たちなのでしょう。とても走れなかったはずの脚が突然回り始め、下り坂を大きなストライドで駈け始めました。
『何が何でも、10時間切る、いや、切れる!』
とたんに、プラス思考です。やっちゃいけないけど、脚が先に出て上半身が後に残るような走り方で、路面をパンパンならしながら進みます。前腕内側には筋肉痛が起こり始めていましたが、振って振って振りまくります。
ついに、競技場入り口!右にカーブすると目の前には、今朝雨の中入り込んだ競技場のエントランスが目に入りました。時計を見ると17時56分…『ああ、もう歩いても10時間切れる』と、気持ちが切れてしまいました。
しかし、ロープで仕切られた栄光のロードの横にはたくさんの応援の方が大きな声援を送ってくれています。
「がんばれ、がんばれ」「あともう少し」「ファイト」「ナイスラン、ナイスラン」「行けるよー」…歩くわけにはいきません。完全にヒーロー気分です。走り出し、両腕を軽く開いて声援に応えながら走ります。まったく調子がいいです。が、脚にはキツかったです。
エントランス前で右に曲がります。放送席がありそこから名前を読み上げています。ちょうど僕の名前も読み上げられました。初めてのことです。嬉しいです。
そして最後、左に回り込むようにして競技場へ!
『トラック1周はイヤだ!』
と泣き言をいってましたが、ホームストレッチに入ればすぐにフィニッシュゲートでした。
『あ、ゴールだ…』
ゲートには3種類のデジタル表示の時計が設置されていました。真ん中に「9時間57分…」の表示がされてました。
『やった、10時間切った…』
前のランナーがゴールテープを切ったあとに(都度都度、ゴールテープを張ってました)、苦しい表情のままフィニッシュしました。
やり抜いた喜びでテンションが高い。普段やらないけど、振り向いてコースに深々と頭を下げてしまいました。
「メダルですー」
と、男子高校生が僕にメダルをかけてくれました。しっかりした重さの大きな富士山型のメダルです。
「タオルですー」
と、別な男子高校生が赤いバスタオルを背中にかけてくれました。
僕は「ありがとう」「ありがとう」を連呼していました。
「チップ外しますー」
と、また別な男子高校生に言われ、左手のベンチに腰を下ろしました。高校生が手にしたペンチでシューズとチップを縛り付けたビニタイをカットしてくれました。
そして、立ち上がり、フラフラ歩いていました。疲れ切って痛みのある腹筋にメダルがあたって、また痛い。そうしたら、胸の奥からこみ上げてくるものがありました。涙が止まりません。泣けて泣けて。タオルで顔を隠して泣いていました。なぜ泣いているのか良く分かりません。完走の喜びなのでしょうけど、走らなくていい安堵感なのかもしれません。
あまりのんびりできません。19時15分には新富士駅行きのバスが出るので、荷物を受け取って着替えないといけません。が、その前に、ふるまいの豚汁をいただきます。
受け取って椅子に座り、メダルと豚汁を並べて記念写真を撮りました。
豚汁を食べる時にもまた涙。泣くので上手く噛めません。思い出に残る豚汁です。
「豚汁はやっぱり富士五湖に限る」とか、落語の「目黒のさんま」のようにネタに出来そうです。
食べ終えて、体育館に戻り、荷物を受け取り、館内の空いたスペースで着替え。男性は更衣室なんか使いません。タオルを腰に巻いて下着を脱ぎ、新しいものに替えます。
隣の人とレースの感想を言い合うなど楽しいひとときでもあります。
着替え終わるとすっかり夜です。
荷物を持って駐車場へ行き、バスに乗り込みます。19時15分に経ち、2時間ほど走って新富士駅へ。バスに乗っている間はFacebookのコメントを読んだり、レスを返したり。
新富士駅からこだまに乗って名古屋へ。そして、帰宅しました。
初ウルトラマラソンの72km、過酷なコンディションでしたが、なんとか10時間以内で完走できました。トレーニングと準備と応援のたまもの。
皆さんありがとうございました!
まだまだ思いは募り、書きたいことはありますが、筆を置きます。
おしまい。