3時になって市役所を見ると、もうランナーたちが集まってきていました。
「まだ早いやろ~」
と仲間が言います。確かに、少し肌寒いし、スタートまでに2時間近くもあります。でも、はやる気持ちは抑えられないですよね。良く分かります。
さて、我々も準備です。
着替えの前に、いつものテーピング。京都でのトレランクリニックとほぼ同じ手当。足底筋膜、アキレス腱、アーチ補強、小指と拇指の側面(擦れ防止)、左腸脛靭帯(膝横から腰までの一本貼り)、腰回り&乳首。
ついでに肛●にはワセリンを。ウルトラランナー岩本能史さんの教えに基づき、やっておきました。結果を言うと、それぞれ効果はありましたが、足首に補強が必要だったかもしれません。トレランクリニック以前からやや腫れている感じもありましたので。マメ防止も考えねば。右脚小指の内側に大きなものが出来ていました。
このところ、足裏や側面の痛みが出やすくなっています。
シューズのサイズや形状が合っていないのか、紐の結びが弱いのか。一度専門家に診てもらった方がいいかもしれない。
準備を整え、朝食。昨日買ってきてもらった巻寿司やら何やらを食べます。
さて、今回は70km10時間でDNFとなりました。理由は脚が動かなくなったためです(細かく言うと、足裏の痛みとか、やや熱中症っぽくなっていたこともありますが)。脚が動かなくなる理由のひとつに「
ハンガーノック」という症状があります。簡単に言えば、食べないことで必要な栄養の補給が出来ないため、力が発揮できなくなることですね。
今回は(今回もと言うべきか)エイドでの補給が上手く出来ませんでした。いろいろと準備いただいた給食に対して食欲がわきませんでした。だから、一口くらいは食べたものもありますが、あとはほとんど手つかずでした。
『サプリや栄養ゼリーがあるから』と多寡をくくっていたせいもあるし、『食べ過ぎると横っ腹が痛くなって走れなくなるから』という切実な理由もあります。でもやっぱり、『食べたくなかった』というのが大きな理由でしょうね。
やはり岩本能史さんの本にも、食べられる胃を作っておくこと、と書かれていました。そのために、教えの通り数日前から胃腸薬も服用していました。しかし、最後の最後、この朝食の時、ちょっと無理して食べ過ぎた感がありました。歳のせいか、少し食べ過ぎると、直後に一時的ですが、お腹を壊します。
実は、この日もこのあと、腹痛の症状が出てきたのでした…
ともかく、準備を整え、チェックアウトし、会場に繰り出しました。デポ用の荷物を預け(富士五湖で経験済みなのですっかり慣れっこに)、スタート前に知り合いとエールの交換です。

徐々にひとが集まります。
今回の僕の装備は、いつもに加えてTNF(THE NORTH FACE)のバックパックにplatypusの1リットルのハイドレ(OS-1)を積んでいます。それから娘から借りたスマホ充電器も。
Tシャツの下は買ったばかりのファイトレックのフラッドラッシュスーパーメッシュを着込んでいます。その売り文句の通り、汗でベタベタになることはなかったです。
シューズはいつものBOSTON3(マメができるし痛くなるし…替えた方がいいのか)、ただしデポでは大きめのシューズに履き替える予定です。
それから今回は、途中辛くなったら音楽を聴こうとイヤホンも積みました。
画像の通り、今回のレースでは初めてメガネをかけて走ることに。いつもはコンタクトレンズなのですが、前夜にコンタクトレンズを洗浄していたら、左目の方が避けてしまったのです。どうも、傷がついていたようです(ここ数日気になっていたのはそのせいか)。
2週間ごとに取り替える製品なので作りも薄く、これまで何度も裂いています。まさかここでなるとは…年のため代わりを持ってきておけば良かったと後悔しました。
でも、メガネは持ってきていたので助かりました。

記念撮影
応援に来ていた方(T夫妻!ありがとうございます)と記念撮影したり、ネット上でしか知らない方々と挨拶です。レース前の緊張がほぐれ、ちょっと癒されるひとときです。
やがて日がどんどん昇っていき、明るくなっていきます。空は雲に覆われていますが、やがて晴れるはず。気温は思いのほか、寒くない。だから、昼間はものすごく暑くなるんだろうなあと、懸念したり。
4時45分になり、100kmの部のウェーブスタート、前半の組が出発。そして、5時になり、我々の組もスタートとなりました。
お腹の具合が気になりますが、走れば汗が吹き出るので、お腹が治るということも経験済みなので、それほど心配していません。以前よりウィークポイントとなっている左ハムストリングスと臀部の辺りの引き連れ感もそれほど気にならず。
ゆったりとした足取りで高山の市街を走り始めました。
歴史的な古い町並みを抜け(この手前でレーンの幅が急に狭くなります)、突き当たりを左折すると、登り坂。やがてすぐに下り、田園風景が広がります。そこを少しずつ爪先上がりで登っていきます。10kmで100mくらいの1%程度の勾配です。この程度がずっとならいいのにと思いますが、甘いですね。
いくつものピークを目指します。まず最初は、美女高原キャンプ場です。スタート会場がすでに標高550mくらいなので、標高900mくらいのこのキャンプ場まで350mくらい登ります。木々に囲まれた舗装路を登っていく感じはいびがわマラソンと似ています。
ここまで、タイミング的には早かったかもしれませんが、キツい登りは歩いています。エネルギー温存です。
また、キロ7分~7分半で走ろうと思っていたところ、5km辺りで6分半。時計を見ながら、
「速いな」
とつぶやいたら、隣で走っている若い男性が
「速いですか?」
と返してきました。
地元高山市(旧国府町)在住の男性でした。ここから、美女高原のエイドまで一緒に走っていただきました。
フルを数回走っているけれど、ウルトラは初めてと言う彼。地元なので、練習でこの辺りのコースはよく走っているとのことで、いろいろと教えてくれます。
「『美女高原まで3km』の標識、次の『2km』がなくて『1km』になるんですよね」
初めてのコースでは、試走をするかしないかで記録が変わると思っています。コースの予測が出来、気持ちにゆとりができるからです。
でも、高山までましてや100kmの試走はそんなに簡単には出来ません。そういう場合は、経験者に一緒に走ってもらうと同じような効果が得られます。だから、レース初期のこの方の伴走(?)には助かりました。ちなみに、この方、ちゃんと完走されました。

りんご&トマトジュース
やがて、14.3km美女高原を登り詰め、3番目のエイドに着きました。
トイレに行き(小さい方)、エイドの「りんご&トマトジュース」をいただく。説明会の時にもPRしていた地元の産品を使った新しい商品だそうです。
トマトの味のするリンゴジュースでした(そのままやん)。
ところで、ここまでの登りでお腹の具合が悪くなっていました。『出すものは出すか』とも思いましたが、いろいろと理由もあったので、我慢し、発汗作用が高くなることで治まる方を待ちました(こういう方法が医学的にいいのかどうか分かりませんが、長年の経験です)。
結局は、治まっていき、最後まで出さなくてすみました…しかし、この状態がそもそもハンガーノックを引き起こす要因だった気もします。
ともかくも、大事に至らず、エイドを過ぎました。
登れば下ります。
飛騨の山並を右手に見ながらどんどん降りて行きます。
レース開始後2時間15分経過の7時15分、4番目のエイドであり、第1関門である「道の駅ひだ朝日村」に到着です。

道の駅ひだ朝日村
今回の100kmコース、エイドステーションは16カ所あります(スタートとフィニッシュ除く)。エイドはその間隔や場所によって内容が異なります。山の上の方だと水と梅干しだけとかだったりしますが、ここは関門でもあり、また20km程度経過ということもあり、最も充実したエイドのひとつです(あとは飛騨高山スキー場、丹生川支所)。
名産の「よもぎうどん」をいただく。

よもぎうどん
しかし、これ以外はバナナを一切れだけで、あとは手を付けることが出来ませんでした。
今回はサプリと栄養ゼリーをかなり豊富に仕込んでいました。
UTMFのランナーの準備も参考にしながら、VESPAやPOWER BARといった舶来ものを持ってきました。だから、いつも以上に力を発揮できると考えていました。
それが悪影響を及ぼしたのか、『食べられなくてもなんとかなるな』と決めてかかっていました。
もちろん、食べると「横っ腹が痛くなって走れない」ということもあるからです。
これはハーフのレースで経験したことなのですが、よく考えると、今回はウルトラ。速度はハーフより余程遅いわけです。ゆっくり走るのだから横っ腹が痛くならない、なったとしてもひどく影響しないはずだったのです。
ちょっと目論みがかみ合っていない感じでした。食べられるだけ食べておいて、焦らず走れば良かったのですね。
なので、あまり時間も取られず、スタートです。
大型エイドの周辺では、早朝だというのにたくさんの応援の方がいます。
もっと前、5時台にも、ご年配の方々が道まで椅子を出してきて手を振ってくれたりしました。嬉しかったです。
ご年配の方は「ご苦労様です」と声をかけてくれます、「頑張れー」ではなくて。
なにか重要な使命を担ったことを行なっているような気がします。とても心がこもっている気がします。いや、「がんばれー」でも嬉しいのですが。

遠くに乗鞍岳
ここから最難関である最高地点の「飛騨高山スキー場」まで登りが続きます。
徐々に登っていき、6番目のエイドである27.2km「カクレハキャンプ場」到着。
脚に来始めました。が、ここ旧高根村の名産「火畑そば五割乾麺」だけいただく。麺類はもっとお替わりしても良かったかなあ。ここでもこれ一杯で終わりました。


「ここから10km、ずっと登りです」
励ましだか脅しだか分からない応援をいただき、少しきつくなった登り坂へ…とても走れなくなり、ついにベタ歩きとなりました。
『マラソンなんだから、ゆっくりでも走らなきゃ』
『ここで無理したら、あとで保たないぞ』
二つの気持ちが交差。妥協として、早歩きで進みました(以後、登りはずっとつぶれるまで早歩きでした)。
山がちのコースのあるウルトラマラソンでは仕方がないのだけど、ほとんどの選手が歩かざるを得ないコースってちょっと疑問です。でも、そこを克服することにコースの意味があったりします。

ダート
やがて登りが終わり、コース上唯一舗装されていない部分が出てきました。駄吉林道峠です。
『脚が疲れているところでダートかよ』
と思いましたが、ふと、『トレイルじゃんか』と気づき、いきなり元気に。脚のマッサージだと考えて、スピードを上げてがしがし走ります。用心して走るランナーを随分追い抜きました。やがて、脚の痛みが少し軽くなってきました。多少は効果ありです。
でもそうそうにコースは終わりました。やれやれ。

飛騨高山スキー場
結局、キロ7分強で来ていた速度もここで一気に落ちてしまい、36.9km4時間45分で最高地点の第2関門「飛騨高山スキー場(1,345m)」に到着しました。
目の前に小ぶりなスキー場が見えます。空は快晴。10時前の太陽がきらめいています。が、そんなに暑く感じません。高い場所にいるせいなのか、完走しているせいなのか。
ここで初めて水をかぶりました。両腿、そして後頭部です。
ウルトラマラソン川柳を投句し、再スタートです。
この時点で、かなり脚が疲れていました。
でも、『ここからは得意の下りだ』と気持ちを切り替えて、焦らずスピードを上げていきます。
無理している感はなく、どんどん走り抜けます。先日の京都でのトレランクリニックで鏑木毅さんが言われたように、軽いへっぴり腰で力を抜いて走る。軽く走れました。
しかし、長い下り。ときには止まって脚を休めないと保ちません。
下ったり、休んだり。やはりかなり疲れてきました。途中の「42.1975km」の表示も越え、とにかく、次のエイドまで早く着きたいとばかり考えていました。
その次のエイドである岩滝公民館(46.8km)に到着。
ここでも水をかぶり、「桜クッキー(桜の香りがします)」を一枚だけ食べました。この辺では全然食欲はなく、これで精一杯でした。
股関節を広げたり、屈伸運動も行ない、再び走り出します。ここから先はずっとこんな感じなんだろうなあとうんざりしていました。
5つのピークのうち、次は50km付近の3番目のソレを目指します。また山に入っていきます。
正直言って、この辺りで『完走は無理かも』という、レース経験以来初めての弱音がふっと頭に浮かんでいました。まだそれはたんなるネガティブ思考でしかない、と感じていましたが、そういう思いを浮かべること自体、初めてだったので少し驚いていました。
岩本さんの言う『脳が発するウソの信号』だったのかもしれません。
ともかく、痛みをこらえながら、どんどん走り、50kmの計測場所も越え、やがて下りとなりました。
この辺り、余り記憶がないです。ともかく、早く第3関門の丹生川(にゅうかわ)支所までたどり着きたいとばかり考えていました。
やがて、山を完全に下り切って郊外の風景になり、中心街の風景と変わりました。
国道158号線に入り、景色に記憶があるようになりました。この道は、高山と平湯に向かう道、つまり上高地に入るための道なのでした。
『去年、奥穂高に行った時に走った道だ!』
と少し嬉しくなりました。
もう少しで丹生川支所です。
(つづく)
【追記】

この奥の雪を冠った山の名前が分かりません(御岳かも)。
飛騨高山スキー場を下った時に見た景色だと思います。
この景色を見た瞬間、涙が出て止まらなかった。
あまりにも自然が美しすぎました。
我々人間は自然の中で活かされているという気持ちが心の底から湧き上がってきました。
ある種の極限体験だった気がします。
マラソンをしているとこういう経験が出来る。このために走っているような気もします。