6日の夕方になりましたので、「『ごちゃ混ぜ脳トレ』92」の正解を発表します。
では、もう一度問題を見てみましょう。
バカ
↑「頭が悪い」とか「愚かな」という意味に使われたり、
一つのことに夢中になって他のことが目に入らず、世間一般的なことからズレている人を表す意味でも使われる(「学者バカ」とか「役者バカ」)。
悪い意味で使われる場合、馬鹿 と書くのはなぜでしょうか?
次の①~②の中から正しいと思うものを一つ選んで答えてください。
①人間と比べると馬や鹿などの動物は頭がよくないから。
②古い時代の権力者が鹿を見て「馬だ」と言い、間違いを正せば逆らうことになるので誰も本当のことを言わなくなったことから。
=解答および解説=
正解は、②「古い時代の権力者が鹿を見て『馬だ』と言い、間違いを正せば逆らうことになるので誰も本当のことを言わなくなったことから。」です。
中国は秦(しん)の時代、趙高(ちょうこう)という宦官(=かんがん。去勢された男性のこと)がいた。
この趙高は皇帝に取り入るのが上手く、大した知識もないのに権力をふるっていた。
ある日、趙高が鹿を見て、「馬だ。」と言った。
彼のそばにいた家臣たちは、“それは鹿だ”と正したかったが、間違いを正せば趙高に逆らうことになり、逆らえばどんな目にあわされるか分からないので、誰も間違いを正さなかった。
その家臣たちのように、権力に媚び、本当のことを言わない者を「馬鹿」と呼ぶようになり、
愚か者全般を「馬鹿」と言うようになったのである。
ちなみに、馬や鹿はかなり頭がいい。
乗馬をする人なら分かると思うが、馬は人間を見抜く。
「ああコイツは乗馬の初心者だな」とか、「コイツは馬の扱いに慣れているな」と見抜く。
それで乗馬初心者の言うことをきかなかったり、逆に乗馬に慣れている人には従ったりする。
また、鹿はハンターの裏をかいて逃げるのが得意だ。人間と違って、嗅覚や聴覚に優れ、それがレーダーの役割を果たし、近づく人間の気配を鋭敏に感じ取って、安全な場所まで逃げることができるのである。
何が言いたいのかというと、「現代の人間が丸裸(←服だけでなく、何の道具も持たない状態)で大自然の中に放り出されたら、生きてはいけない」ということだ。
それに比べて動物は何の道具も持たずに厳しい大自然の中を生き抜いている。
人間には到底真似できない。
つまり、「人間は人間社会の中でしか“人間らしく”生きられない」のである。
人間社会の中で教育を受けることが出来なければ、話すことはおろか、理解することさえできない。
理解できなければ、何が安全で何が危険なのか分からず、動くことも、誰かとコミュニケーションをとることすら不可能となる。
それは、「新しいことを知識として蓄えることさえできなくなる」ことを意味している。
そうなると待っているのは“死”だけとなる。
よく考えてみて欲しい。
かつて「狼に育てられた」とか、「猿に育てられた」とかいう“野生児”と呼ばれる子供が発見され、施設に保護された事案があったが、
施設に保護された野生児たちは、自身の状況が理解できずにいずれも短命だったはずだ。
これは人間社会の中で教育を受けずに育ったために、“自身が人間である”ということを理解できず、精神的に追い込まれ、ついには体調を崩してしまったことに原因があるのだ。
そう、精神的な不調は肉体にも悪影響があるのだ。
幸いにして、我々は人間社会の中に生まれ、
人間社会の中で教育を受け、
人間社会の中で生きている。
だったら、学ぶべきことは周りに満ち溢れているのだ。
ちゃんと勉強しよう。
『知識は“最大の武器”』だ。
では、もう一度問題を見てみましょう。
バカ
↑「頭が悪い」とか「愚かな」という意味に使われたり、
一つのことに夢中になって他のことが目に入らず、世間一般的なことからズレている人を表す意味でも使われる(「学者バカ」とか「役者バカ」)。
悪い意味で使われる場合、馬鹿 と書くのはなぜでしょうか?
次の①~②の中から正しいと思うものを一つ選んで答えてください。
①人間と比べると馬や鹿などの動物は頭がよくないから。
②古い時代の権力者が鹿を見て「馬だ」と言い、間違いを正せば逆らうことになるので誰も本当のことを言わなくなったことから。
=解答および解説=
正解は、②「古い時代の権力者が鹿を見て『馬だ』と言い、間違いを正せば逆らうことになるので誰も本当のことを言わなくなったことから。」です。
中国は秦(しん)の時代、趙高(ちょうこう)という宦官(=かんがん。去勢された男性のこと)がいた。
この趙高は皇帝に取り入るのが上手く、大した知識もないのに権力をふるっていた。
ある日、趙高が鹿を見て、「馬だ。」と言った。
彼のそばにいた家臣たちは、“それは鹿だ”と正したかったが、間違いを正せば趙高に逆らうことになり、逆らえばどんな目にあわされるか分からないので、誰も間違いを正さなかった。
その家臣たちのように、権力に媚び、本当のことを言わない者を「馬鹿」と呼ぶようになり、
愚か者全般を「馬鹿」と言うようになったのである。
ちなみに、馬や鹿はかなり頭がいい。
乗馬をする人なら分かると思うが、馬は人間を見抜く。
「ああコイツは乗馬の初心者だな」とか、「コイツは馬の扱いに慣れているな」と見抜く。
それで乗馬初心者の言うことをきかなかったり、逆に乗馬に慣れている人には従ったりする。
また、鹿はハンターの裏をかいて逃げるのが得意だ。人間と違って、嗅覚や聴覚に優れ、それがレーダーの役割を果たし、近づく人間の気配を鋭敏に感じ取って、安全な場所まで逃げることができるのである。
何が言いたいのかというと、「現代の人間が丸裸(←服だけでなく、何の道具も持たない状態)で大自然の中に放り出されたら、生きてはいけない」ということだ。
それに比べて動物は何の道具も持たずに厳しい大自然の中を生き抜いている。
人間には到底真似できない。
つまり、「人間は人間社会の中でしか“人間らしく”生きられない」のである。
人間社会の中で教育を受けることが出来なければ、話すことはおろか、理解することさえできない。
理解できなければ、何が安全で何が危険なのか分からず、動くことも、誰かとコミュニケーションをとることすら不可能となる。
それは、「新しいことを知識として蓄えることさえできなくなる」ことを意味している。
そうなると待っているのは“死”だけとなる。
よく考えてみて欲しい。
かつて「狼に育てられた」とか、「猿に育てられた」とかいう“野生児”と呼ばれる子供が発見され、施設に保護された事案があったが、
施設に保護された野生児たちは、自身の状況が理解できずにいずれも短命だったはずだ。
これは人間社会の中で教育を受けずに育ったために、“自身が人間である”ということを理解できず、精神的に追い込まれ、ついには体調を崩してしまったことに原因があるのだ。
そう、精神的な不調は肉体にも悪影響があるのだ。
幸いにして、我々は人間社会の中に生まれ、
人間社会の中で教育を受け、
人間社会の中で生きている。
だったら、学ぶべきことは周りに満ち溢れているのだ。
ちゃんと勉強しよう。
『知識は“最大の武器”』だ。