さて、21日の夕方には少し早いのですが、編集が終了しましたので、「『頭を鍛える日本史クイズ』64」の正解を発表します。


では、もう一度問題を見てみましょう。



江戸は、6割が武家屋敷で占められ、諸大名は上屋敷・中屋敷・下屋敷を構えていました。

なぜ、三ヶ所も屋敷を持っていたのでしょうか?


次のA~Cの中から一つ選んで答えてください。


A.土地の過密化で、一ヶ所に大きな屋敷を建てることができなかった

B.災害時などの危険に備え、損害を分散させるため

C.大名としての権威を誇示するため




=解答および解説=

正解は、Bです。

『明暦の大火』は、江戸の街の大半を焼き尽くし、江戸城までをも焼きました。
幕府は、この大火をきっかけに江戸再建に着手しました。

その第一が、江戸の大名屋敷を上屋敷・中屋敷・下屋敷の3つに分けることでした。

上屋敷は登城に便利なように城の周辺に配置し、

中屋敷は外堀に沿った範囲に配置し、

下屋敷は駒込や本所などの離れた場所に配置しました。

こうやって、大火などの非常時に、避難場所を確保し、なおかつ被害を最小にしたのです。

ちなみに、当時の消火方法は、延焼を防ぐために、風下の建物を破壊するのが定石でした。
放水設備すらなかった江戸時代は、「燃えるものがなければ、燃え広がることはない」という考え方で消火活動をするしかなかったのです。