さて、18日のお昼少し前ですが、編集が早めに終了しましたので、「『頭を鍛える日本史クイズ』 41」の正解を発表します。



では、もう一度問題を見てみましょう。




戦国武将として有名な斎藤道三。

彼は主家を乗っ取り大名にまでのし上がりました。

が、その最期は息子の義龍に殺されるというものでした。

なぜ、斎藤道三は義龍に殺されたのでしょうか?


次のA~Cの中から選んで答えてください。


A.道三が義龍を廃嫡にしようと企んだから


B.道三が次男や三男ばかりを溺愛したから


C.義龍が土岐頼芸(ときよりなり)の落胤(らくいん)だと知り、苦悩したから



=解答および解説=

正解は、AとBです。

斎藤道三は、長男である義龍を疎ましく思い、二男の孫四郎と三男の喜平次を可愛がっていました。

しかも、本来なら跡継ぎである義龍に家督を相続させるべきところを、溺愛する三男の喜平次に継がせようと画策。

義龍を謀略にはめて廃嫡させようと企みました。

これを知った義龍は仮病を使い、見舞いに来た孫四郎と喜平次を殺害、道三に対し宣戦布告。

長良川を挟んで合戦を開始しました。

謀略による乗っ取りで成り上がってきた斎藤道三を恨んでいる者は多く、家臣や国衆にまで裏切られ、道三は敗死しました。

血で血を洗う戦国時代は、たとえ親兄弟であっても権力を手にするために謀殺したのです。