今回取り上げるのは、NHK大河ドラマでは俳優・妻夫木聡さんが演じたことでも話題になった『直江兼続』です。



前立てに『愛』という字をあしらった兜を着用していたことでも有名な兼続は、天正10年(西暦1582年)、与板城主・直江信綱が没したのち、上杉景勝の命により直江家に婿養子として入り、直江大城守兼続(なおえやましろのかみかねつぐ)と名乗った。


誰よりも義を重んじ、主君・上杉景勝への忠誠心も強く、また、豊臣秀吉の小田原城攻めでも奮闘し、出羽米沢30万石を賜るようになった。


秀吉が没し、徳川家康が天下の実権を握るようになると、上杉景勝は会津へ戻り万が一の時に備えたのだが、これを「謀反の兆候」であると家康に疑いをかけられ、釈明するために上洛せよとの用意窮を何度も突きつけられるが、景勝はこれを拒否。


加えて、兼続は「東方に一切謀反の企みは無い。文句があるなら、そっちから来い。」という内容の手紙を家康に送った。

いわゆる『直江状』である。


このことからも分かるように、兼続は、冷静沈着でありながらも、豪胆な人物であったことがうかがえる。


関ヶ原の戦いで敗北を喫し、上杉景勝は家康に降伏、だが、兼続の必死の働きのおかげで上杉家は壊滅を免れた。


元和5年(西暦1619年)、江戸で60歳で没した兼続は、上杉家の菩提寺である林泉寺(山形県米沢市林泉寺1-2-3)に妻とともに眠っている。




次回の『戦国武将 永眠の地』をお楽しみに(^^)/