Twitter等でたまに話題になってはバズる「掛け算の順序問題」。
親が子供の答案用紙を写真に撮って、「これは納得いかない」とツイートする例のアレ。
そのリプライや引用リツイートを見てみると、その大半は、
「どっちでも正解だろ!」
「バツ採点した教師はアホ!」
「こういうのが算数嫌いの子を生み出す!」
などといった意見が非常に多く溢れ返っている。
まぁ、いろんな意見があるのは大変結構な事だ。
だが私は、「掛け算の順序」に批判的な意見に対しては、真っ向から反発したい。掛け算の順序には意味があり、非常に重要だからだ。
●「掛け算の順序問題」とは?
「掛け算の順序問題」とは、
・どの順序で書かれた式でも正解とするべき
・特定の順序で書かれた式のみを正解とする
という両者の対立問題を指す。
これは今に始まった事ではなく、戦後からあるようだ。
全国的に火を付けたのが、1972年1月26日の朝日新聞の報道である。ニューヨーク・タイムズと提携を結び、第二次世界大戦を煽りまくったあの朝日新聞である。
掛け算の順序でバツと採点され、これに異議を唱えて文部省に質問状を送る親も現れたほどであった。
●学習指導要領の解説で公式化された「掛け算の順序」
文部省の「小学校学習指導要領算数科編(試案)昭和26年(1951年)改訂版」で、「掛け算の順序」について具体的に記載されていた事が確認できる。
国立教育政策研究所 教育研究情報データベース
しかし、この内容は「試案」に留まり、正式な学習指導要領や解説に記載される事はなく、日の目を浴びる事もなかった。
その後も具体的に記載される事はなかったが、2017年改訂版(現行のもの)の学習指導要領の解説に、「掛け算の順序」について初めて具体的に記載された。
文部科学省
「学習指導要領」の68~69頁に記載されている箇条書きの内容が、同解説の113~118頁で具体的に解説されている。
学習指導要領と同解説の違いは法的拘束力の有無にあるが、これまで解説ですら触れられていなかった事項がようやく解説された意味は大きい。確かな前進だ!
(※「尖閣諸島や竹島は我が国の領土」の件も同様)
●乗法の約束事
乗法は、「被乗数(掛けられる数)×乗数(掛ける数)」の順で表す。これが約束事となっており、ほぼ全ての教科書でそのように記載されている。
例えば、「5×6」の場合、5(被乗数)という数字に対して、6(乗数)という数字を掛ける事を意味する。
この時、「5×6」は、"5"という数字が6個あるという意味で、これを「同数累加」(同じ数を何回も加える事)で表すと「5+5+5+5+5+5」となる。
※「6+6+6+6+6」ではない。
乗法を同数累加で表す考え方は、現行の学習指導要領の解説にも記載されている。
●九九は、"暗記する"ものではなく"理解する"もの
まずはお馴染みの九九表。
学習プリント.com
『◎の段』の◎が被乗数となって纏められている。
これが九九の考え方の大原則である。
『◎の段』にある式は、◎という数字のみの同数累加で表現する事ができる。
◎×1=◎
◎×2=◎+◎
◎×3=◎+◎+◎
◎×4=◎+◎+◎+◎
◎×5=◎+◎+◎+◎+◎
◎×6=◎+◎+◎+◎+◎+◎
◎×7=◎+◎+◎+◎+◎+◎+◎
◎×8=◎+◎+◎+◎+◎+◎+◎+◎
◎×9=◎+◎+◎+◎+◎+◎+◎+◎+◎
まるでスーパーマリオのゴール前の階段を反転させたかのようだw
誰もが当たり前に覚える九九だが、闇雲に「ろくいちがろく、ろくにじゅうに…」と呪文のように唱えて"暗記する"のが九九ではない。キチンとした意味があるのだ。
5×6=5+5+5+5+5+5=30
6×5=6+6+6+6+6=30
「5の段にある5×6」と「6の段にある6×5」。積は30でイコールになるが、式の構成はイコールではなく、意味が全く違ってくる。
こうした考え方を少しでも意識する事が、九九や乗法の原理を"理解する"上で非常に重要になってくる上に、後の除法などに対する理解度もかなり違ってくる。
九九を"暗記する"と"理解する"は全く違う。
九九は、"暗記する"ものではなく、"理解する"ものだ!
●同数累加の注意点
但し、乗法を同数累加で表現する考えには欠点がある。同数累加は、乗数が正の整数以外(0、分数、小数、負の数、文字数など)になると途端に対応できなくなってしまう。
例えば、「0.1×3」の場合は、0.1+0.1+0.1(0.1が3個ある)と同数累加で表せるが、その逆の「3×0.1」は同数累加では対応できない。(3が0.1個あるとは言わないw)
そう考えると、同数累加は正の整数の乗数に限定して留めておいたほうが無難かもしれない。
●単位量と交換法則
同数累加という考え方をしなくても、乗法の順序を理解させてくれるものが「単位量」という考え方である。
「単位量」についても、現行の学習指導要領の解説にも記載されている。
(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)
それは即ち、
「単位量(被乗数)×数量(乗数)=総量(積)」
という事。
そしてもう一つ、乗法には交換法則の考え方がある。
交換法則とは、被乗数と乗数を入れ替える事である。
加法……5+6=6+5 (「和」はどちらも11)
減法……5-6≠6-5
乗法……5×6=6×5 (「積」はどちらも30)
除法……5÷6≠6÷5
確かに、「5×6」も「6×5」も積は30なのでイコールと捉える事ができ、交換法則が成り立つと言える。ところが、乗法の交換法則が成り立つには「一定の条件」が必要である。これが実はあまり知られていない。
[1]単位量(被乗数)と数量(乗数)ともに単位が無い場合。
→対等性があり、区別されないので、交換法則が成り立つ。
(例)単なる計算問題の時。
[2]単位量(被乗数)と数量(乗数)が同じ単位の場合。
→対等性があり、区別されないので、交換法則が成り立つ。
(例)長辺が6cmで短辺が5cmの長方形の面積を求めたい時。
・「長辺」と「短辺」は同じ単位である。
・見る方向を変える事で、長方形は横長にも縦長にもなり、区別されない。
ゆえに、『6cm×5cm=30㎠』と『5cm×6cm=30㎠』の両方とも正解。
教科書にも、「長方形の面積=縦×横 もしくは 横×縦」と書かれてある。
[3]単位量(被乗数)と数量(乗数)が異なる単位の場合。
→対等性がなく、区別されるので、交換法則は成り立たない。
(例)時速5kmで2時間歩いた時の道のりを求めたい時。
・「時速」と「歩いた時間」は異なる単位である。
・時速5kmは「単位量」(被乗数)、歩いた2時間は「数量」(乗数)で区別される。
ゆえに、『時速5km×2時間=10km』が正解。
「2時間×時速5km」は、日本語の意味が通らなくなるので不正解。
「時速2km×5時間」や「5時間×時速2km」は論外www
教科書には、必ず「道のり=速さ×時間」と書かれてある。
乗法は文章題の内容や場面によって「交換法則が成り立つ可逆的なもの」と「交換法則が成り立たない不可逆的なもの」と二通り存在するという事。
以上を踏まえて、乗法を使った例題をやってみる。
●例題1(小学2年)
子供が5人いる。ノートを1人あたり6冊ずつ配るには、全部で何冊いるか?
[式… ]
[答… ]
※式・答 各5点(10)
この文章を読み解くと、最終的には『6冊のノートを持った子供が5人いる』という状態になるのは明らかである。これを絵図で書くと、以下のようになる。
子供A → ◆◆◆◆◆◆
子供B → ◆◆◆◆◆◆
子供C → ◆◆◆◆◆◆
子供D → ◆◆◆◆◆◆
子供E → ◆◆◆◆◆◆
同数累加で表すと「6+6+6+6+6=30」になる。
ゆえに、『6×5=30』が正解!
「5×6=30」では、例題文の意味が通らなくなるので、式は不正解。(答は正解)
「単位量」の考え方を用いれば、
「ノートは"1人あたりの単位量"(冊数/人数)」で「子供は"数量"(人数)」と区別されるので、交換法則は成り立たず、式は、6[冊/人]×子供5[人]=30[冊]となるのは明らかである。
子供A → ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
子供B → ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
子供C → ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
子供D → ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
子供E → ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
確かに"トランプ配り"をすればそういう考えもできるが、それはあくまでも可能性の一つにすぎない。トランプ配りしたかもしれないし、6冊まとめて1人ずつに配っていったかもしれないし、完全ランダムで最終的に6冊ずつ行き渡るように配ったかもしれない。
だが、この例題文には"ノートの配り方"が全く書かれていない。
いくらノートの配り方を論じたところで、どのように配られたかわかるはずがなく、算数の枠内で論じる事には何の意味もない。
【文章問題の基本】
・文章に書かれてある事だけを拾って考えればよい。
・文章に書かれていない事をわざわざ考える必要はないし、考えてはいけない。
例題1の場合、
「5×6=30」なら、答は正解だが、式は不正解。5点。
『6×5=30』なら、式と答の両方正解。10点。
式と答では、問われている能力が異なる。
式…国語力・読解力・判断力・思考力を問われている。
答…計算力・最終結果に導く力を問われている。
正直に言って、乗法の経験値が無い小学2年生には難しく感じるかもしれないし、理解させるのも難しいと思う。
だが、義務教育を卒業し、ある程度でも乗法の経験値が有る大人だったら、どんなに頭の中身がアレでも、これはちょっと3秒くらい考えればわかる事だと思いますよwww
●例題2(小学5年)
時速5kmの速さで、2時間歩いた時、歩いた道のりは何kmか?
[式… ]
[答… ]
※式・答 各5点(10)
例題2で登場するのが、有名な「みはじ」公式だ。
┏━━━━━┓
┃ 道のり ┃
┣━━┳━━┫
┃速さ┃時間┃
┗━━┻━━┛
(1)速さ=道のり÷時間
(2)時間=道のり÷速さ
(3)道のり=速さ×時間
この例題では、道のりを求めたいので(3)の公式を使う。
例によって「単位量」の考え方を用いれば、
「時速は"1時間あたりの単位量"(km/h)」で「歩いた時間は"数量"(h)」と区別されるので、交換法則は成り立たず、式は、5[km/h]×2[h]=10[km]となるのは明らかである。
だが、「掛け算はどの順序で書かれた式でも正解とするべき派」の皆さんの理屈を当てはめると、道のりは「速さ×時間」と「時間×速さ」のどちらで書いても正解という事になるw
だが、果たしてそうだろうか?
両者は完全イコールなのだろうか?
みはじ公式をググッてみると、「速さ×時間」で書かれてあるものはあっても、「時間×速さ」で書かれてあるものは見当たらなかった。
そりゃそうです。
「時間×速さ」では、もはや日本語としての意味が通じなくなるからね。それを分かっているからこそ、教科書は「速さ×時間」の順で記載している。
"速さ"に"時間"を掛ける事はできても、
"時間"に"速さ"を掛ける事はできないはず。
"速さ"を"時間"でコントロールする事はできても、
"時間"を"速さ"でコントロールする事はできないはず。
「速さ×時間」は意味が通っても、
「時間×速さ」は意味が通らないはず、
日常生活レベルで考えたらわかる事だ。
"時間"を自由自在に止めたり動かしたりできるタイムマスターや、時の砂で"時間"を戻せるマキマキなら話は別ですけどねwww
ゆえに、道のりを求めたい時、『速さ×時間』は正解だが、「時間×速さ」は不正解である。
●高等学校の物理も「掛け算の順序」を意識している
高等学校で理系に進むと、「掛け算の順序」の重要さを思い知らされる。物理はその最たる教科である。
距離をX・速度をv・時間をtとした時、教科書には『X=vt』と書かれているが、「X=tv」とは一切書かれていない。文字を使う場合、基本的にアルファベットは若い順に記すのだが、この公式ではtよりもvが先に来ている。これは、『X=vt』は意味が通るが、「X=tv」では意味が通らない事の証左なのてはないか。
●どの順序で書かれた式でも正解とするべき派の人の特徴
・九九を"暗記"しているが、"理解"はしていない。
→計算結果さえ導き出せれば式なんてどーでもよいと思っている。だから応用が利かない。(完全な思考停止w)
・暗記した九九ベースでしか乗法を考えられない。
→乗法は全て交換法則が成り立つと思い込んでいる。(交換法則には一定の条件が必要)
・文章題の日本語そのものが理解できていない。
→国語力・読解力・判断力・思考力がない。
Twitter等で見た感じだと、「掛け算の順序問題」がバズる度に顔を真っ赤にして「どの順序でも正解だろ!」と反論してくる人は、だいたいこんな感じの人がほとんどですねw
ようするに、算数や数学のできないド文系脳なんだろwww (超偏見)
しかし、彼らがどれだけキャンキャン喚こうが、「掛け算の順序問題」は存在しないのである。