今回は、以前から気になっていた本を読んだので、 その感想とお話ししたいと思います。
読んだのは、葉真中顕(はまなか あき)さんの『ロスト・ケア』です。
10年以上前に発行された小説ですが、
2023年には松山ケンイチさん、長澤まさみさん主演で映画化もされたので、
タイトルを聞いたことがある方もいるかもしれません。
実は数ヶ月前に、同じ著者の『家族』という作品を読んだのですが、
その時に受けた衝撃が忘れられず、葉真中さんの代表作である『ロスト・ケア』も読んでみました。
読む前から「きっと重いテーマだろうな 」「読むのが少し怖いな」
と思っていましたが、
「これが現代日本の現実なのだろう。目を背けずに読むしかない」
と読み始めました。
読み終わった今、胸が締め付けられるような、なんとも言えない気持ちでいっぱいです。
そして、この本が投げかける問いは、決して他人事ではなく、私自身のこれからの生活や将来に直結する話でした。
今回は、この本から受け取った衝撃と、私自身の家族・祖父母の体験、
そしてこれから私たちがどう生きていくべきかという現実的な備えについて、
書いてみたいと思います。
目次
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『ロスト・ケア』のあらすじと、突きつけられる「正論」の無力さ
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祖父母の経験:救われたのは「たまたま運が良かった」だけ
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将来への不安と、親にこの本をすすめられない理由
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本音の結論:これからの時代を生き抜くための「2つの備え」
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さいごに:『ロスト・ケア』が教えてくれること
『ロスト・ケア』のあらすじと、突きつけられる「正論」の無力さ
まず、この物語がどのような内容なのか、簡単に紹介します。
【簡単なあらすじ】
主人公の斯波(しば)は、30代の介護士。
彼は非常に献身的で、利用者からも同僚からも信頼される素晴らしい青年でした。
しかし裏では、在宅介護で行き詰まり、ほぼ寝たきりや認知症になっている高齢者たちを、次々と独自の「処置(いわゆる毒殺)」によって死に至らしめていたのです。
その数、なんと42人。
取り調べを行う検事に対し、斯波は
「自分は殺したのではない、彼らを、そしてその家族を地獄から救ったのだ」
と主張します。
実は彼自身も、過去に認知症の父親を一人で介護し、 経済的にも精神的にも追い詰められ、父親を手にかけた過去を持っていました。
この本を読んで何より心が苦しくなるのは、
「連続殺人犯であるはずの斯波を、一方的に『凶悪な悪者』として責め立てることができない 」
という点です。
世間一般では、
- 「どんな理由があろうと殺人は悪だ」
- 「命は何よりも尊い」
という正論が語られます。法律的にも当然、殺人は許されない犯罪です。
しかし、この本の中で描かれる「在宅介護の現場」は、そんな正論が一切通用しない、過酷な現実でした。
- 認知症が始まり、徘徊や暴言、暴力が激しくなる高齢者。
- 子供の成長とは逆で、昨日までできていたことが、今日、明日とだんだんできなくなっていく恐怖と絶望。
- 24時間体制で介護に追われ、自分の人生も、睡眠も、仕事もすべて奪われていく家族。
お互いに愛し合っていたはずの家族だからこそ、見放すことができない。
けれど、距離が近すぎるからこそ、限界を迎えたときに感情を激しくぶつけてしまう。
心も体もボロボロになり、
「いっそ死んでくれたら……」
「自分が死んでしまいたい……」
と追い詰められる家族たち。
そんな暗闇の中にいる人々にとって、斯波の行ったことは「犯罪」ではなく、「救い」になってしまっていた。
実際に、親を殺されたはずの遺族の中には、 「これでやっと救われた」と涙を流す人までいました。
外側から正論をかざすのは簡単です。
でも、
「その極限の環境下に置かれた人じゃないと、本当の気持ちなんて絶対に分からない」。
そう痛感させられました。
あまりにもテーマが深く、重いため、普段なら読んだ本の話を周囲の人に気軽に話すこともあるのですが、この『ロスト・ケア』に関しては、
「安易に他人に話してはいけない、軽々しく口にしてはいけない」
と感じました。
「人を殺してはいけない」という倫理観と、
「でも、あの地獄にいる人たちに『頑張れ』なんて本当に言えるのか? 」という葛藤が、今も私の中にあります。
祖父母の経験:救われたのは「たまたま運が良かった」だけ
この本を読みながら、私はどうしても自分の祖父母の介護のことを思い出さずにはいられませんでした。
私の祖父母はすでに全員他界しているのですが、そのうちの1人の祖母は、
晩年にだんだんと体が動かなくなる難病を患っていました。
そして、最後の数年間は、特別養護老人ホーム(特養)に入所することができました。
ご存知の方も多いと思いますが、特養は費用が安いため非常に人気があり、
基本的には待機者が何十ときには何百人もいて簡単には入れません。
では、なぜ私の祖母が入れたのか。
後から聞いた話では、「特例」としての扱いだったそうです。
当時、祖母は祖父と二人暮らしをしていました。
その祖父もまた、介護認定の一歩手前である「要支援」の状態にありました。
高齢の祖父一人では、体が動かなくなっていく祖母をとても面倒見きれない、
という前提があったからこそ、優先的に特養へ入ることができたのです。
もし、当時他の家族が同居していたり、近くに介護ができる元気な身内がいたりしたら、
きっと審査には通らず、自宅で介護せざるを得なかっただろうと思います。
実際に、日本の介護保険制度を利用すれば、デイサービスやショートステイなどのサービスを受けることは可能です。
しかし、それらを限界まで使ったとしても、基本的には「自宅で誰かが面倒を見る」ことが前提になります。
それ以上の手厚いケアを24時間体制で求めようとすれば、どうしても民間企業が運営する有料老人ホームなどに頼るしかなく、
そこには莫大な「お金」が必要になります。
資産がたくさんある裕福な家庭であれば、費用を払って 施設に預け、穏やかな老後を迎えることができるかもしれません。
しかし、一般的な家庭や、経済的に余裕のない家庭ではそれは不可能です。
結局、「お金がある人たちしか救われない世の中」になっているのが、今の日本のリアルな姿
なのだと思います。
私の祖父母は、決して資産家ではありませんでした。
自営業を営んでいましたが、最後の方には祖父が詐欺の被害に遭ってしまい、
本当に貯金がほとんどない状態でした。
幸い、ある程度の年金があったため、特養の費用はその年金だけで賄うことができました。
さらに、収入や資産が少ない世帯向けの国の減免措置(住民税非課税世帯への補助など)を受けられたことで、
普通の負担よりもかなり安い金額で済んでいたようです。
当時、実家の近くにその特養があったため、私の母と、
まだ小さかった私の子供たちを連れて、週に1回は祖母に会いに行っていました。
会いに行くたびに、祖母はだんだんと衰えていきました。
ただ寝ているだけのことも多くなり、起きていても、こちらのことがほとんど分かっていないような状態でした。
それでも、私は週に1回、穏やかな気持ちで会いに行くことができました。
なぜなら、「普段の生活を一緒に暮らして、24時間介護しているわけではないから」です。
介護のイライラや疲労を直接受けていないからこそ、優しい孫の顔をして会いに行けました。
もし、あの状態の祖母を自宅で引き取り、家族だけで介護し続けていたらどうなっていたか。
祖母の体は小さい方でしたが、それでも寝たきりの人間を自宅でケアするなんて、現実的に考えて相当難しかった思います。
きっと、家族全員が疲れ果て、お互いに余裕をなくし、家庭の中は暗くなっていたに違いありません。
当時は「施設に入れて良かったね」と漠然と思っていましたが、今振り返ると、
あれは
「たまたま住んでいた自治体に空きがあり、条件が重なって入所できた、
本当に運が良かっただけの話 」
でした。
施設でお世話をしてくださった職員の皆様には、今でも感謝しかありません。
しかし、もしあの時、運悪く施設に入れなかったら、
私たちの家族も『ロスト・ケア』の世界のように、
先の見えない暗闇に突き落とされていたかもしれない。
そう思うと、今でも怖くなります。
将来への不安と、親にこの本をすすめられない理由
この『ロスト・ケア』が書かれたのは10年以上前、そして私の祖母が特養に入っていたのも5〜8年ほど前のことです。
当時はまだギリギリ、滑り込める枠があったのかもしれません。
しかし、これからの時代はもっと厳しい現実が待っています。
高齢者の数が爆発的に増える一方で、支える側の現役世代や介護スタッフは圧倒的に足りなくなるのは、間違いありません。 ![]()
私たちの親が本格的な介護を必要とする年齢になり、さらにその後、
自分たちが高齢者になったとき、特養に入るのは本当に難しくなっているでしょう。
それどころか、お金を払って入る有料老人ホームですら、満杯で入れないかもしれないかもしれません。
そう考えると、この本を読んだ後、ものすごい暗い気持ちと不安が押し寄せてきました。
私の両親は、一般的な家庭に比べれば、ある程度の資産を持っている方だと思います。
健康意識も高く、今でも一生懸命筋トレをしたりして、若々しさを保っています。
今のところは本当に元気で、何も問題はありません。
ですが、将来どうなるかなんて誰にも分かりません。
どんなに今、健康に気を使っていても、明日突然倒れて寝たきりになるかもしれない。
ゆっくりと認知症が進んでいくかもしれない。
介護が始まったとして、それが5年続くのか、10年続くのか、終わりが予測できないです。
「いつまでこの生活が続くんだろう」
「早く終わってくれないだろうか
(つまり、早く亡くなってくれないだろうか )」
介護をしている人が、ふとそんな風に思ってしまう瞬間の凄まじい罪悪感。
それを想像するだけで、本当に胸が苦しくなります。
子育てであれば、
「子供が大きくなれば、だんだん手がかからなくなる」
「未来に向かって成長していく」
という明るい希望があります。
しかし、介護はその真逆です。
どれだけ尽くしても、状況は悪くなる一方で、最後は「死」という結末に向かって進んでいく。
将来に明るい未来を感じられない介護という行為を、何年も一人で、あるいは家族だけで抱え込み続けるのは、人間の精神にとって限界を超えています。
追いつめられたとき、人ははたして冷静でいられるのでしょうか。
私は、自分自身にその自信がまったく持てなくなってしまいました。
あまりにも残酷でリアルな問題だからこそ、「この本を、自分の両親にすすめることはできない」と思いました。
親がどんどん年老いていく中で、こんな救いのない、でもリアルな現実を突きつける本を読ませるのは、あまりにも酷だからです。
さらに言えば、今の世の中には独身の方もたくさんいます。
もし子供がいなければ、自分が倒れた時、一体誰が施設の手続きや日々の面倒を見てくれるのでしょうか。
兄弟が元気ならいいですが、兄弟も同じように年をとっていきます。
そうなると、甥や姪に頼らざるを得なくなるかもしれない。
でも、普段付き合いのない甥や姪に、そんな重労働や手続きを押し付けることができるでしょうか。
考えれば考えるほど、世の中の仕組みが行き詰まっているように思えて、暗い気持ちになってしまいます。
本音の結論:これからの時代を生き抜くための「2つの備え」
「将来、自分自身もあんな風に、誰かの迷惑になりながら生きていくのだろうか」
そう思うと、なんだか切なく、やりきれない気持ちになりました。
本音を言えば、
「もし将来、自分で自分の身の回りのことができず、自立して生きていくことができなくなるのなら、そこまでして生きていたくない。
他人の人生を犠牲にしてまで長生きしたくない。」
というのが、私の正直な気持ちです。
周りに大きな負担をかけてまで生き延びることに、どうしても前向きな意味を感じることが出来ませんでした。
しかし、そうは言っても、私たちは今を生きていかなければなりません。
いつ病気になるかもわかりませんし、希望通りにポックリ急死できる保証もありません。
「人に迷惑をかけたくない」と願っていても、結果的にかかってしまうのが人間というものです。
では、この『ロスト・ケア』が描くような地獄の当事者にならないために、
今、できることは何だろうか。
私は、この本を読み終えて、以下の2つのことを絶対に、必死でやらなければいけないと強く決意しました。
- 資産形成(お金の確保)
結局のところ、介護の負担を減らすための最大の武器は 「お金(資産)」です。
きれいごと抜きで、 お金があれば、質の高い外部のサービスをしっかり頼むことができますし、24時間体制の民間施設に入る選択肢も生まれます。
家族が共倒れにならないように守ってくれるのは、やはり貯蓄や資産形成です。
「人には迷惑をかけたくない、でもかかってしまうかもしれない」
だからこそ、せめて金銭面だけでも周囲や自分のために安心できる土台を作っておく。
私がこれまでコツコツとお金を貯めたり、資産形成を意識して取り組んできたりしたことは、間違っていなかったのだと確信しました。
これからも、自分と家族を守るための大切な準備として、絶対に資産形成は続けていきます。
- 筋トレ・健康への投資(身体の自立)
『ロスト・ケア』の作中や、実際の高齢の方の生活でもよくあるのが、
「転んで骨折したことをきっかけに一気に寝たきりになり、そこから認知症が急速に進んでしまう」というパターンです。
人間、足腰が立たなくなると、一気に自立した生活が難しくなります 。
自分でトイレに行けなくなる、お風呂に入れなくなる。
そこから介護の負担は一気に何倍にも膨れ上がります。
私の両親が今、一生懸命筋トレをしているのは、
実はものすごく理にかなった、最高の「子供へのプレゼント (迷惑をかけないための対策)」
なのだと気づきました。
私も両親を見習って、自分の足で最後まで歩き、自分のことは自分でできる体を維持するために、日々の運動や健康への投資を惜しまずにやっていこうと思います。
さいごに:『ロスト・ケア』が教えてくれること
葉真中顕さんの『ロスト・ケア』は、読むのに少しパワーが必要な、とても重い小説です。
読んだ後、明るいハッピーエンドが待っているわけではありません。
しかし、誰もがいつか直面する「老い」と「介護」の現実から目を背けず、
「もし自分だったら……」と考えるきっかけをくれる、間違いなく名作です。
もし、心にある程度の余裕があり、「現代の日本が抱える本当の課題について考えてみたい」と思ったら、ぜひ一度読んでみてほしいです。
「自分だったらどうするか」「自分の親、そして自分の老後をどう守るか」
暗い気持ちになるだけで終わらせず、それを日々の資産形成や健康管理のモチベーションに変えて、
一歩ずつ前を向いて進んでいきたいと私は思っています。

