城の主が城下町へ出向くなど戦国の世では一般的ではなかった。だが平成から"タイムスリップ"してきたサブローにとってそれはただの散歩に過ぎない。
お天道様が高く昇る日は決まって遠馬を日課としていた。
ゲームやテレビの無い時代には娯楽と呼べるものはそれくらいだった。
身軽なサブローは家臣を連れていくことは滅多になかった。織田家当主とあらば命を狙われる身だがそんなことなど頭の片隅にもない。
軍議の時間になっても戻らぬサブローを心配し、家臣たちが迎えに行った際の一言がこれだった。
「恒ちゃん、織田家ってペット禁止なの?」
「は?ぺっと?」
「犬とか猫とか、飼っちゃだめ?」
軍議のあと家臣たちは自分達の主に頭を抱えていた。当の本人はというと。
「帰蝶ー、犬飼いたいんだけどだめかな?」
表は良い妻、仲の良い夫婦(めおと)を繕っていた帰蝶だが、信長が元気になった途端毒舌になったのだ。
「また戯れ言を。うつけが犬じゃと?世話ができるはずなかろう!それにわらわは猫が良(よ)い!」
「えー、帰蝶。きっと犬かわいいってー。」
「かわいくなどない!吠えて噛むだけの獣など飼いとうない!」
「まあまあ、わかんないって。犬千代ーおいでー。」
「うつけ、もう名までつけておるのか?」
部屋へ入ってきたのは髪を長く結った若者だった。
「殿.....失礼いたしまする」
「お主、誠か?誠に.....」
「大丈夫だって!帰蝶!俺に懐いてるんだよ。わん!」
「わん!」
明るい着物を着こなし、巷では傾奇者と言われたあの"前田家四男坊"が殿に純情な犬と化していた。
平素『殿!殿!』と城中に響き渡り、自他共に認める殿好きな犬千代だった。
しかし小姓時代の犬千代は主君の閨へ呼ばれることはなかった。
となると他の家臣たちは噂がたて、犬千代自身も次第に不安が募っていった。
続く(修正あるかも)