5月上旬。深夜、寝室内は20度程の心地良い気温。
そんな中トレーナー2枚を羽織り、毛布にくるまる私。
『また来やがったか…😡』
この日も定期的にやってくる寒気と発熱と闘っていたのだ。
前にも書いた通り薬が効いてくると何もなかったかのように、体調は回復していく。
あれから2日程この症状が続いた。
変わらないのは右足の腫れと痛み、変わってきたのは発熱の具合。ついに39.6℃にまで到達。
ここでもポジティブな私はこう思う。
『40℃ってこんなものか。』
あたかも自分が“選ばれし戦士”にでもなったかのような気分であった。
今年のゴールデンウィークは長く、土日も含めて5連休。救急病院の受診を毛嫌う私に新たな症状が現れ始めた。
『頭が割れそうなくらい痛い…。』
当初は軽い頭痛で鎮痛薬さえ服用すれば改善していたが、耐えきれない痛みに襲われるようになった。
流石の私も病に屈して救急病院を受診することとした。
とりあえず応急処置でもと思い、病院へ連絡。症状を伝えると診てもらえるとのこと。
自家用車を運転し、病院に到着。
受付を済まし、不自然な歩き方で診察室に向かって先生に足を見せる私。
裾をめくった瞬間、息する間もなく先生は私に一言解き放った。
先生『なんでここまで放置していたの!?』
私『いや、ロキソニン飲めば熱も痛みも引いてたんで、そのうち治るかなと思ってまして…』
先生『これは治らないよ!立派な蜂窩織炎になってるから!!』
私『はあ…。』
私が予想していた『まさかな…』と思っていた病気が的中する。
蜂窩織炎とは皮膚の傷口などから何らかの細菌が侵入し、免疫が弱まっている時などに発症してしまう皮膚科の疾患。症状としては患部の疼痛、発赤、腫脹、発熱、全身の倦怠感、頭痛、吐き気等々。重症になると部位の切断まで考えられる恐ろしい病気である。
ただ、自分の中では“免疫の弱い高齢者がなる病気”という認識があった。只々、自分の力を過信しているだけなのであった。
先生『これだと入院してもいい状態だけどどうする?』
私『いや、入院は…。』
先生『とりあえず今からすぐ抗生物質の点滴するからね。』
私『はい。』
点滴をしながら自分の考えを少し後悔していた。『救急病院にもっと早く行っていれば…。』
パンパンに腫れた右足にも説教されている気分になった。
入院を拒む私は、この日に朝と夕方2回抗生剤の点滴を受けて、今後は急変がなければ服用薬での治療を受けることとした。
すぐに良くなるような病気ではないが、薬を3.4日飲んだら徐々に改善されるであろうとのことであったため、自宅にて様子を見ることとなった。
先生の言う通り、2日程経つと徐々に症状は改善傾向に。仕事に行きつつも、薬がなくなり始めたため、ゴールデンウィーク明けにはかかりつけの皮膚科も受診。
『蜂窩織炎』と同じ診断を受け、新たに違う薬を処方された。
診察の最後に先生から
『この間の血液検査の結果が出てるよ』と説明を受ける。
前にも述べた通りアレルギー基質の私は全身にあせもが出来やすかったため、先日血液検査でアレルギー検査をしていたのだった。
先生『結果から言うと完全にアトピーって理由ではなさそうだね。アレルギー体質ってとこかな。ちょっと血小板の数値が低いけど最近疲れもあるのかな。とりあえずアレルギーの飲み薬と痒み止めも出しとくから様子を見てね。』
その後、新たに処方された蜂窩織炎の薬がよく効き始めたのか、右足の腫れと痛みはみるみる治まり、発熱や頭痛も改善されるようになった。
時は経ち、発症から2週間。
症状はなくなり、完全回復!!
趣味のマラソンを再開✨
5月末には懇親会のソフトボールもあり、全力でプレーする私。
『20代には負けてられない!』
負けず嫌いの私はしっかり張り合う。
2試合目の途中、守備の場面。内野を守る私の前にボテボテの打球。『アウトにせねば!』と反射的に全力でボールに向かってダッシュ、全力で一塁に送球。記録はセーフ。
『先輩、足動いてないっすよー!笑』
この瞬間、これまでにない瞬間的な動悸と急に体全体に重りがのしかかるような倦怠感を感じる。
ただ、天候も晴天、5月にしては28度ほどあり蒸し暑い日ではあった。また、夜中も仕事の影響で2時間程しか仮眠が取れていなく、万全な状態ではなかった。
『急に暑くなったし、寝不足だったし、まあこんなものか。』と懇親会を終えて帰宅。
この時は、自分が犯されている病になど知る余地もなかった。
続く…。