生まれてきてから35年。
前にも話をしたが、これまで特に大きな病気もしてこなかった。
強いて言えば、高校生の頃に手の骨折、社会人になってから腰のヘルニアをしたくらい。どちらも通院のみで入院すらしていない。
おそらく入院したのは出生時のみであろう。
当然その時の記憶などあるはずがない。
私は医療関係の仕事をしているため、これまでストレッチャーに人を載せて運ぶ事は何度もあった。
今回は人生で始めてストレッチャーに載って人に“転がされる”事となったのだ。
初体験は勝手に天井の景色が変わりゆく、なんだか日中にプラネタリウムをしているかのような不気味なものだった。
ただ、自分の足を使わずに進んでいくのは、偉い身分になったようで悪い気分ではないものだ。
救急外来から移動を始め、レントゲン室へ移動。撮り終えると血液内科の病棟へ向かった。
フロアに到着すると看護士が引き継ぎ、個室へ案内された。
個室はクリーンルームと言って、感染対策が十分になされた部屋らしい。
個室の入口は扉が二重になっており、その中には更にアクリルパネルのような対建てがある。
部屋の広さは8畳ほど。冷蔵庫やテレビ、トイレやシャワールームも完備されており、一人で生活するにはもったいないくらい立派なものであった。
クリーンルームというだけあって、家族であっても室内には入れなく、面会も鏡越しでしか出来ないとのこと。エレベーター前で家族とはお別れとなった。
少し不安そうな顔をする妻と『お仕事いってらっしゃい』と言わんばかりの顔をする二人の息子が手を振って見送ってくれた。
当分直接顔を見られないと思うと、喉が詰まるような悲しさを感じた。
個室に行くと看護士さんが、室内の設備の説明をしてくれた。特に特別な仕様や機能はなく、強いて言えばトイレで用を足す前と後にボタンを押すことで、一日の尿量を測定してくれる機能があること。
その他は見てわかるようなものばかりであった。
続けて今日の治療の説明をされる。
看護士『この後届き次第、輸血と抗がん剤の点滴を始めます。しばらくお待ち下さい。』
白血病は“血液の癌”である事は知っていた。
そのため、治療に抗がん剤を使用するのは当たり前のことである。
とはいえ、ふと湧いてでだ“抗がん剤”というワードになんだか病気の重みを強く感じた。
この時点で時計を確認すると時刻は16時00分。
自宅で“とりあえず”病院へ行こうと思ったのがほぼ12時00分。
時間としてはたったの4時間。そうは思えない程様々な事があった、これまでの人生で最も濃厚で最も慌ただしい4時間であった。
看護士が退出する。
『これからどうなってしまうのだろうか。』
シーンとした室内で、先行きの見えない現実に不安を抱え、様々な事が頭をよぎりながらもベッド上で横たわる私であった。
序章完。
第一章 入院日記に続く…。