このブログにお越しいただきありがとうございます。
昨日は、久しぶりに友人達と会ってきました。
一人は去年会えたのですが、もう一人はもう何年ぶり
だか分からないくらい久しぶりの再会。
でも、二人とも変わりなく、長い時間空いた距離感も
感じませんでした。
ここのところ、職場の人以外と接する機会がなかった
のでいい気分転換になりました~。
さて、桜もそろそろ終わりですね。
桜の季節って本当にあっという間で、儚い花だなぁと
毎年思います。
これね~もしも1年中ずっと咲いていたらどうでしょう?
いくら綺麗でも飽きちゃいますよね。(^^;
「どうせいつも咲いてるでしょ~?」って有難さもなく
なってしまう。
儚いからこそ魅力なのです。
これは桜以外のことにも当てはまります。
自分の中で「当たり前」になっていることって感謝を
忘れがちですし、その魅力にも気づけません。
人間は慣れてしまう生き物なので、ここは少し意識
しておかなければならないところです。
最近、ふと「当たり前の事なんて何一つない」という
ことを感じたことがありました。
何がキッカケだったかちょっと忘れてしまったのです
けれども…。
ただ、そういう視点(当たり前の事は何一つない)で
過ごしていると小さな事に感謝できるようになるので
幸せもどんどん増えていきます。
そういう小さな幸せを積み重ねていくのが本当の幸せ
なのでしょう。
人は幸せだと誰かと争おうとは思いません。
逆を返せば、戦いを挑んでくるような人は幸せじゃない
のです。
私のコーチがよく”貧乏マインド”と言っていましたが
そういう人って心が貧しいのですよね。
もしもそういう人に出会ったら「あ~可哀想な人ね~」
と思って流せばいい。
そこで悩むより、いかにして自分を幸せにするかを
考える方がよほど有益ですし、自分を取り巻く世界も
変わってきますよ!
さて、そして本日のメインテーマ
「現実は自分が作っている」
これ、10年前の私にはまだ分かりませんでした。
誰かが書いた解説を読んでも「ふーん…で?」と
いう感じでした。
でも答えは思っていたよりシンプルなんです。
そう、すごくシンプル。
その正体は…
自分がどういう気持ちでいるか
それに尽きます。
その物事をどういう角度から見て、どう思うのかを
決めているのは自分です。
環境とか状況とか、他人とか関係ありません。
ここで多くの人は「でもそれは自分がやったんじゃ
ないし、そんなの望んでない」と思うことでしょう。
だって本当に望んでなかったのだもの。
だとしたらそうなった状況やそういう状況にした人の
せいではないか?
…って思いがちなんです。人って。
私もそうでしたしね。
ただ、起きたことはあくまでもニュートラル。
それに対して意味づけをしているのは自分です。
あくまでも「決めているのは自分」
しつこいですが主体は自分です。
自分がどんな眼鏡をかけてその世界を見ているか
という、ただそれだけのことなんです。
そういう仕組みを理解している人が、色んな切り口で
解説をしてくれている訳ですが、多分、その対処法を
読んでいるうちに分からなくなるのだろうと思います。
書き手としては対処法は書きたいですからね。
ですので、この時点では
「その現実を自分がどういう気持ちで見ているか」
=自分の現実。
とだけ覚えておいておくといいと思います。
もう少しだけ書くと、全く同じ状況を経験したとして
AさんとBさんの現実は異なります。
なぜならAさんとBさんは別の人だから。
AさんとBさんでは備わっている能力も性質も考え方も
違うのでおのずと結果は異りますよね。
そしてどちらが良い訳でも正しい訳でもないです。
では、どうすればいいのか…
実はそれもシンプルなのですが、次回のブログに
書きたいと思います。
本日もお読みいただきありがとうございました。
Pianta e fiori