長暦三年(1039年)十一月しもつき六日,わたしは三十二になっていました。

 

みなさん,わたしの宮仕え初日は,何が何だか,訳も何も分からぬままに終わってしまいました。

まずは一夜,ご挨拶に宮中へと上がらせて頂くことになりました。

 

菊襲きくがさね,という装束で,紅の濃いのや薄いのを八枚重ね着して,その上に冬用の掻練かいねり,という紅がさねをまといました。

 

今まで,それこそそんなにしてまで,源氏物語の世界にぱかり夢中になって,物語を読む外には,お付き合いしている親類縁者なども特に無くって,時代遅れの両親の七光りの下にばかりいて,

 

お家に居て風情に任せて,お月様とかお花々など眺めるよりも外のことはしない癖になっていたので,宮中に立ち入らせて頂いたこのときの気持ちは,

 

これが自分でしょうかという気持ちにもなれずに,現実のものとも思われないで,ぼうっとしてしまいまして,結局,訳も分からずに,明け方には大内裏から失礼をしてしまいました。。

 

(「まづ一夜参りし」 口語要約文と段付け,「」タイトルはfiorimvsicali。)

 

 

 

 

「まづ一夜参る。

 

菊の濃くうすき八つばかりに,濃き掻練を上に着たり。

 

さこそ物語にのみ心を入れて,それを見るよりほかに行き通ふ類・親族などだにことになく,古代の親どもの陰ばかりにて,

 

月をも花をも見るよりほかの事はなき習ひに,立ちいづるほどの心地,

 

あれかにもあらず,うつつとも覚えで,暁にはまかでぬ。」


【更級日記,菅原孝標女すがわらのたかすえのむすめ 原作】