長暦三年(1039年)十月かみなづき二十七日,わたしは三十二になっていました。
皆さん,まぁ聞いて下さいね。
父の隠退をきっかけにお家の中が様変わりしまして,わたしもあの源氏物語の夢の人生を追うことが良いのか考えなければならなくなってしまったんです。
あの西山から,この日に元いた京の都に移り住みました。母は尼になって同じ家にいますけれど,別棟のお部屋に離れています。
父は父で,ただわたしを一家の主婦に見立ててしまって,それでいて,自分は自分で世間に交わることもしないで,影に隠れてしまっているような感じでいるのを見るのも,頼りげなく心細く悲しく感じていますと,
このわたしのことをお聞き召されましたある筋のゆかりのお方がこのように言ってきたんですよ。(続く)
(「われ三十二になりしほど」 口語要約文と段付け,「」タイトルはfiorimvsicali。)
「十月になりて京に移ろふ。
母,尼になりて,同じ家の内なれど,方異に住み離れてあり。
父ててはただわれをおとなにし据ゑて,われは世にも出で交らはず,かげに隱れたらむやうにてゐたるを見るも,賴もしげなく心細く覚ゆるに,
聞こしめすゆかりある所に…,」
【更級日記,菅原孝標女すがわらのたかすえのむすめ 原作】