治安三年(1023年)四月うづき十八日。
今までの住まいは広々として,深山のようではあったのですけれど,桜花や紅葉が盛りの折には,四方の山々も何でも無いのを見慣れていましたが,
移った住まいは,例えようも無く狭いところで,庭の広さも無くって,また木々なども無いので,ひどく面白くなかったのですけれど,
向かいにある家に,白梅や紅梅などが咲き乱れて,風が吹くにつれてその香りが漂ってきても,住み慣れた元の住まいのことが限りなく思い出されました。
香りが漂ってくると言う,隣の家からのその風を自分の身体に匂いとして染み込ませると,かつてのお家の軒先にあった梅の花が,何とも言えず恋しくてなりません。
(「恋しき梅の花」 口語要約文の編集と「」タイトルはfiorimvsicali。)
「広々ともの深きみ山のやうにはありながら,花・紅葉のをりは,四方の山辺も何ならぬを見ならひたるに,
たとしへなくせばき所の,庭のほどもなく,木などもなきに,いと心憂きに,
向かひなる所に,梅・紅梅など咲き乱れて,風につけて,かかえ來るにつけても,住み慣れしふるさと限りなく思ひ出でらる。
にほひくる隣の風を身にしめてありし軒端の梅ぞ恋しき」
【更級日記,菅原孝標女すがわらのたかすえのむすめ 原作】