その翌年,治安三年(1023年)四月うづき十六日。
この日の夜中ぐらいに,わたしのお家は火事に見舞われまして,権大納言の姫君様と思って,たいそう大切に育てていたあの猫も亡くなってしまいました。
「権大納言殿の姫君様~。」と呼んだときには,わたしの言葉を聞き分けた様子で鳴いて,いつも歩み寄ってくるなどしたので,
今は他界したわたしの父も「これは滅多に無いような情け深いことだね。権大納言殿には申し上げねば。」などと話していたときで,
心よりいじらしく情け深く思われて,残念なことだと深い悲しみに包まれるのです…。
(「亡くなり給ひし猫」 口語要約文の編集と「」タイトルはfiorimvsicali。)
「そのかへる年,四月うづきの夜中ばかりに火の事ありて,大納言殿の姫君と思ひかしづきし猫も燒けぬ。
「大納言殿の姫君」と呼びしかば,聞き知り顔に鳴きて,歩み来などせしかば,
父ててなりし人も,「珍らかにあはれなることなり。大納言に申さむ。」などありしほどに,
いみじうあはれに,口惜しく覚ゆ。」
【更級日記,菅原孝標女すがわらのたかすえのむすめ 原作】