治安元年(1021年)四月うづき十八日。
昼は一日中,そして夜は夜で起きている間中,灯りを近くに灯して源氏物語の五十巻を読むほかには何もしないので,自然と自分で頭に浮かんでくるのを,とても素晴らしいことだと思っていると,
たいそう清らかなご様子のお坊さんで,黄色の地の袈裟を身につけたお方が夢に出ていらして,「物語ばかりで無く,法華経の第五巻まきを早くお勉強なさい。」とおっしゃるのを見ましたが,このことを人にも話さず,法華経を習おうとも思いよらず,物語のことばかりを心の中で思い詰めて,
「わたしは今のうちは,姿形も良くないのねぇ。でも,年頃にでもなれば,この上なく美貌になり,黒髪もたいそう長くなるでしょう。そうしたら,光源氏に愛された夕顔の女君や,薫の君に愛しまれた浮舟の女君のようになるのに違いないわ。」と思い続けた気持ちは,今思ってみますと,まず実に,とりとめも無く,呆れ果てたことでした。
(「夕顔と浮舟の女君」 口語要約文の編集と「」タイトルはfiorimvsicali。)
昼は日暮らし,夜は目のさめたる限り,火を近くともして,これを見るよりほかのことなければ,おのづからなどは,そらに覚え浮かぶを,いみじきことに思ふに,
夢にいと清げなる僧の,黄なる地の袈裟着たるが来て,「法華経五の巻をとく習へ。」といふと見れど,人にも語らず,習はむとも思ひかけず,物語のことをのみ心にしめて,
われはこのころわろきぞかし,盛りにならば,容貌かたちも限りなくよく,髪もいみじく長くなりなむ。光の源氏の夕顔,宇治の大将の浮舟の女君のやうにこそあらめと思ひける心,まづいとはかなくあさまし。
【更級日記,菅原孝標女すがわらのたかすえのむすめ 原作】