本日7月6日はレオちゃん12歳の誕生日でした。
ほとんど寝たきり状態だった5月上旬、ポカリや流動食を与える内に、固形のエサも勢いよく食べるようになり、2時間ほどで起きていたのが、ぐっすり長時間眠るようになり、とうとうヨタヨタ歩き始めました。
脳の炎症からか半身は麻痺しているようですが、動ける右側に何度も頭を持ち上げ、支えてあげれば歩くようになりました。
歩きたい!というレオの叫びが聞こえるようでした。元気な時の方が寝てばっかりだったのに。
ただ、目がブドウ球菌に感染してしまったらしく、瞳が少しへこんでいて、獣医さんによれば目は見えていないでしょう、とのこと。
その後、歩きはするけれど、目が見えないせいかぐるぐる同じところをまわるようになりました。
ご飯はささみペーストや固形のエサを食べ。水は自力では飲めないので、病院でもらった注射器で与えると、ぴちゃぴちゃしぶきが飛ぶほどに元気よく飲んでくれました。
食事の後は、支えてあげると歩いて元気だった頃のようにしゃがんでおしっこ、ぐるぐる回って
も自力でできるようになりました。
ただ、6月に入り、毛はどんどん抜けてきて、たくさん食べているのに、どんどんやせてきているのは感じていました。
6月12日に2年前と同じ、我が家のあじさいとともに。
6月17日 実家に帰った時のレオ
結果的にこの写真が最後の写真になってしまいました。
レオは夜中に起きることもなくなり、私たち家族はレオはもうずっとこのまま、前のように歩けるようにはならないけれど、ご飯を食べて、おしっことうんちをして、寝て、という生活が続くと思っていました。
6月22日、母がある用事で家に来てほしい、と連絡してきたのですが、私はいろいろあって帰りませんでした。電話で話した時、いつも通り「レオ元気?」と聞くと、歩き始めた時の方が元気だったかも、との返事でしたが、また週末に帰れば会えると思っていました。
帰っておけばよかったのです。
6月24日朝、母から電話があり、「起きたら水も飲まない。もうダメかもしれない」と泣きながら言われました。
私はこの日に限り、仕事で夜まで遠方に行かなければなりませんでした。
レオは夜まで待ってくれない、と思い、午後、現場に向かう前、昼休みを利用して実家に帰りました。
もう一度温かいレオちゃんを最後に抱きしめたい、と思って、急いで帰りました。
でも、レオは天国に旅立ちました。10時5分、母の腕の中で、苦しむことなく、ふーーーっと大きく息を何度か吐き、心臓が止まる瞬間も母は抱きしめていたそうです。
あともう少しで12歳の誕生日だったのに、今日のその日を迎えることはできませんでした。
てんかんに、心臓や甲状腺の薬を飲んでいても、2年前くらいから徐々に毛が抜けていき、最後は腹部などほとんど毛がない状態になってしまっていながら、レオはよく頑張ってくれたと思います。
ジュリは突然亡くなってしまい、本当に悲しかったけれど、レオは5月上旬にもう1~2日の命と言われてから、2ヶ月も頑張ってくれて、私たち家族の希望となってくれました。
レオに残った毛は、レオに残された命だったように思えます。
ご飯を食べ散らかすので、ダンボールで作ったご飯スペースがレオの介護用ベッドになり、そのダンボールの中でお気に入りの枕とおやつとアジサイとともにレオは旅立っていきました。
ジュリと過ごした14年間、そしてジュリを失った悲しみをいやしてくれたレオとの5年間は大切なかけがえのない思い出を残してくれました。












