あの日の事、忘れたわけじゃない。
そりゃ落ち込んだし、イケナイ事だから、未来がないこと分ってる。
だからって『好き』な気持ちがどこかに行ってくれるわけもなく。
記憶全部が消えてなくなれば良いのにって朝が来るたび思ってた。
気を張って頭から追い出そうとしても。
大きな手が忘れられなくて。

でもね、一週間は忘れようとジタバタしてみたのだ。
うん、頑張ったよ。
でもただ声が聞きたいだけで今電話ちゃってる。
ちょっとは飲んでるよ、あの日と同じワイン…赤のね。
安くて甘い奴。
安物のワイングラスは少し重いけど。
あの日を思い出してる。
時間の流れ方は凄くゆったりとしていて。
とても幸せだったから。
忘れられるはずなんて無いのを
今更気が付いて愕然としていて…。

コール音は長く続いていた
忙しいしすぐに出てくれるはず無いって思ってたから
けっこうな時間コールしてたと思う。

「カオリ?」

と眠そうな声で一気に酔いが醒める。
一気に酔いは醒めたけど
言葉が出てこない。
「カーオーリ~?」
って呼び方変えて来られても
「…あ」
って聞こえてるよっていう意思表示しかできなくて。
「久しぶり、何してた?」
ってあたしの事なんて、きっと気にもしたこと無かったよね。
流れで聞いてこられてもこの状況じゃ、言葉にできないくて
「お腹が減ったの」
って妙なこと言っちゃってた。
全然お腹なんて減ってないよ。
彼に飢えてるだけなの。
なのにあっさり
「今日は仕事6時までだからデートしようか?」

『ご飯』じゃなくて『デート』って言っちゃう???
そこよく考えもしないで口にしちゃってるのわかるけど
ドキドキが激しくて
「うんっ!」
って即答、ガッついちゃった。
でででデートってw

待ち合わせに指定された場所は
普通のカフェ。
約束の時間20分も前に着いちゃって
温かいカフェモカのクリームをスプーンでグルグルしてた。
早く着きすぎちゃったよねって
スプーンを舐めながら視線を上げたらそこに居るって
心臓止まるでしょ!
ガラス越しにだけどニマニマして気付かれるの待ってるって
なんの作戦ですか?
いつからこの場所に居たんだろう。
あたしが気付いたのを確認したらすぐ
寒そうにカフェに押し入って
目の前にどっかりと座って、まじまじと見つめてくるから。
ワイン少し飲んで来てるし
カフェモカで酔い覚ましてるのバレちゃってるのかも
恥ずかしくなって、頬が一気に赤くなる。
それ見て彼がまたニマって笑ってるから
なぁんか腹が立つ!

照れてるわけじゃないから、何勘違いしてんのって
言いたいけど、自分を押さえる。
会いたかった気持ちが大きすぎて
そんなこと…まだ、言えない。

取りあえず手元にあったカフェモカをゴクゴクとあおって
落ち着こうとしてたら…。
きっと気持ちがそのまま顔に出ちゃってたんだよね?

そんな事気にしない人だと思うけど
よっぽど硬い表情してたのか。
「お腹でも痛い?」
って探るような視線で…。
そうじゃないって言いたいのに
彼の想像力の乏しさにがっかりしながら。
表情を崩さずに首を機械的に振って否定する。

「この前のイタリアンも美味しかったからさ~」
って…あたしの事気にしてた時間短っw
もう違うことに意識行っちゃってるし~。
彼が説明し始めたレストランは彼の泊まっているホテルの中にあって
前フリが長いのは下心ないけど良いお店だから…。
って言いたいんだと、思う。
いやいや酔っ払わせて部屋に連れ込むなんてこと。
考えてないよ~って。
そう言いたいからすっごくその店のアピールしてる…
気がしてる。
「とにかくそこのパンチェッタが美味しいんだ」
って、パンチェッタってイタリアの塩漬け豚ばら肉の事で
燻製にしないベーコンのような
生ハムみたいな物で
確かに、赤ワインにも合うし
パンチェッタのカルボナーラって
すっごく美味しいんだよね
お腹へってなかったし、タプにもっと気遣ってもらいたかったのに。
「そこ、行きたい」
って身を乗り出して言っちゃってた。
彼がその時にふと見せた小さな笑顔に心が温かくなったの。
微笑むと浮かんでくるえくぼが堪らなくて頷いてた。