「俺、肉がいい」

聞いてもないのにそういって
「好き嫌いある?」
って、彼女の下げた視線をすくい上げるように下から覗き込んで
笑うとえくぼが出来るんだね
思わずその顔に見とれちゃってた。
「~でいい??」
って聞かれても、ごめんちょっとよく理解できないや。
入ってくる情報がありすぎて
処理しきれない。

よく分らないまま頷いてたら
嬉しそうにさっきよか3割り増しに微笑みながら
「好み合うよな~」
って…いや、何頼んだか聞いてなかったし。
頷くコトしかできないし…。

と店員がワインを手にやってきて。
「こちらでよろしいですか」
と確認して、開け始めた。

そしてセッティングされていたグラスを
一回り大きな赤ワイン用の物に変えて
軽く注ぎ、それを彼がテイスティングしている。
「OK~」
の一言で店員はカオリのグラスにもワインを注ぎ立ち去った。

グラスの柄を持ち軽くまわしていると
香りが立ってくるはずなのに

今日は全ての感覚が彼に向かっているので
よく分らないままワインを口に運ぼうとしていた。

「乾杯忘れてる」
とむっとしているフリして
グラスを合わせてくるタプに
精一杯微笑んで、ワインを口に含むと
柔らかなブーケの香りと深い味わいがいいバランスで
口いっぱいに広がって、ついため息が出てしまった。

彼も自分のチョイスに納得しながら
運ばれてきたトマトとバジルのカプレーゼを彼女に取り分けている。
気のつくタイプじゃないと思ってた。
優しい感じ?にも見えなくて。

手は大きくて男らしいけど指が少し短くて
大きな指輪をしている。
捕まえ損ねたトマトがお皿から転げ落ちてるのを見ると
こういうコト慣れてないのかも…って。
あぁ~それはないか
過去に彼女いないって感じには絶対見えないし
もしかして意外に、今、彼も緊張してる?とか?
って考えたら、少し落ち着くことが出来た。

ワイン飲んだから食欲も出てきて
かごに盛られたフォカッチャをオリーブオイルに浸して
真剣に食べてたら。
「メインはこれからだから」
って注意されてるし!
いつもはこんなんじゃないのにこの人の前では
なんか調子狂っちゃって
大好きなワインは美味しいし
目の前に…彼。でしょ?

もう、酔うしかない…よね。

とカオリはグラスを煽る。

空になったグラスにワインを注ぐ彼も
その飲みっぷりが嬉しいのか。
「このワイン好き?」
って聞いてくるけど。
あたしは黙って注がれたワインをただ…飲んでる。
だってもう大分酔ってきてるから。
いつもは言わない言葉を、勢いで言ってしまいそうなんだもん
返事が無くても、彼は彼…気にせずワインを
つるつる飲んでいて。
メインが来るまでに1本空けちゃってた。

「次は少し重い感じで」
と頼んだワインは少し渋いけれど
後味がすっきりとしていて前のワインより飲み易くて。
グラスが空いたらタプが注いでくれる。

それが嬉しくて見たくて飲んでたのかもしれない。
メインは子牛のロースト
だったんだと思うけど…食べたかどうか
…覚えてない。

酔いすぎでした。
「デザートはいらないね?鯛焼きも今川焼もあるし」
って袋を大事そうに抱えてるタプが
笑ってる記憶はばっちりある!
けどそれが記憶の最後でした。