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第1611回 Tamasaburo


Living National Treasure

Holder of important intangible cultural Property-male actor in female Kabuki roles-


 坂東玉三郎が重要無形文化財「歌舞伎女方」保持者の各個認定(人間国宝)を受けたことが発表されました。玉三郎・人間国宝、は誰もが当然のこと、と受け止める慶事でした。
〔公演情報〕◆「ふるあめりかに袖はぬらさじ」 9月28日~10月21日(日)14:00開演※金曜日は18:30開演 赤坂ACTシアター チケット:S席13,000円 A席:9,000円(全席指定/税込)※未就学児入場不可。
問合せ先:チケットスペース 電話 03-3234-9999
◆中村勘太郎改め六代目中村勘九郎襲名披露「九月大歌舞伎」 9月1日~25日 大阪松竹座チケット:1等席 18,000円 2等席 10,000円 3等席 6,000円
問合せ先:大阪松竹座 電話06-6214-2211
















玉三郎 重要無形文化財保持者(人間国宝)に
 「皆さんのおかげで、ありがたいと思っております。それに恥じないよう、なおなお充実した作品、舞台づくりに励みたいと思います」との挨拶とともに、認定に当たって思うところを玉三郎が語りました。

後輩の指導のために
 立女方として重要無形文化財にと打診され、「自分にふさわしいものではないと思いました。が、後輩のために受けてほしいと言っていただき、後進の指導と歌舞伎の将来のためには、お引き受けせざるを得ない」と思った玉三郎は、今後に向け、その指導について次のように話しました。

 「私どもの若い頃は江戸言葉があって、世話物なら自分たちの使っている言葉の速度でお芝居が進みました。ところが、古典ということで言葉が形式的になり、この20年、芝居が伸びてくるようになりました。きちんと整理、演出していかないと、皆さんがご覧になりにくい歌舞伎になってしまうと思います」。父(十四世守田勘弥)たちの時代には、演技が揃わないときは演出的な修正が行われていた、と語る玉三郎が実感しているところです。

 さらに、女方の育成については、「女方というのは、しっかりした修行と生活がなければできない。品格というものも大事で、それはやはり、私生活やお稽古ごとをする姿勢、俳優としての姿勢からでき上がってくるものだと思います。昔のような師匠と弟子が一緒の修行の場がなく、今は女方が生まれにくい時代です」と話し、ある時期に詰め込んだ修行をしなければ、「技量、品格が揃い、お客様が認めてくださる女方になるのが困難」とのこと。そして、そういう女方をつくっていく気持ちを持っていることを力強く述べました。

新しい作品を残す
 これまでの節目になった役としては、「15歳の『忠臣蔵 八段目』小浪(昭和40年12月)、17歳での加賀山直三先生演出の『時鳥殺し』(昭和42年12月国立劇場)、三島由紀夫先生の『椿説弓張月』白縫姫(昭和44年11月国立劇場)、当代の團十郎さんとの『鳴神』(昭和45年9月歌舞伎座)が大きかったと思います。後年ですと、『伽羅先代萩』政岡(平成7年10月歌舞伎座)、阿古屋、八ツ橋...」、そして鏡花作品への取組みを挙げました。

 これまで、昆劇や泉鏡花、有吉佐和子作品を手がけたのは、「歌舞伎でできればと考えて」のことだったと明かし、「新しい作品をつくらなければ、残さなければならないと思っております。現代における古典的な手法を持った脚本が生まれない時代ですが、3作でもあればいい」と、新作に取組む強い意思を語りました。

立女方としてこれからの舞台
 「私は姫が似合わない性格、体つきで、役柄的に姫がたいへん苦手と言われた役者です。それを制覇しなければと勉強してまいりました。これからは、老け役としても納得していただける役者となれるよう修行していきたい」。役の大小や年齢にかかわらず、「自分が十分に納得できる役づくりならどんどんやりたい」と、今後の舞台への意欲を見せました。

 「私が心がけているのは、役を通して向こう側の世界を、お客様に感じていただくこと。華やかな女方の見た目や書割の舞台の"向こう側"を感じていただける俳優になるのが一番の望みです」。50歳を過ぎてからは、「舞台やものをつくることに時間をかけ、丁寧に」と心がけ、「睡眠を十分にとることが一番重要。寝足りないと舞台で情感が出せないので」という舞台裏の話も披露しました。
               (「歌舞伎美人(かぶきびと)」)




特別愛蔵版「五代目坂東玉三郎写真集」




五代目坂東玉三郎
1950(昭和25)年4月25日東京都に生まれる。
1956年 小児麻痺後遺症のリハビリのため舞踊を習う。稽古に通った縁から十四代目守田勘弥の部屋子となる。
1957年12月坂東喜の字を名乗り『菅原伝授手習鑑・寺子屋』小太郎役で初舞台(東横ホール)
1964年6月 十四代目勘弥の芸養子(のち、1974年に養子縁組)となり、『心中刃は氷の朔日』おたま役で五代目坂東玉三郎襲名(歌舞伎座)。
1969年3月 聖学院高等学校卒業。
1969年 三島由紀夫の新作歌舞伎『椿説弓張月』の白縫姫役。
1970年 『鳴神』の雲絶間姫役。
1975年 『桜姫東文章』の桜姫役。
1984年5月 「メトロポリタン歌劇場100周年記念公演」招聘出演。
1986年 舞台『ロミオとジュリエット』初演出。
1988年 ヨーヨー・マらの演奏によるラヴェル『ピアノ三重奏曲』で創作舞踊上演。
1988年11月 モーリス・ベジャール振付けにより、パトリック・デュポン、ジョルジュ・ドンらと共演。
1991年 映画『外科室』初監督。
1994年5月 ベジャールとの共演で『リヤ王~コーデリヤの死』初演。
1996年 ヨーヨー・マ演奏・バッハ『無伴奏チェロ組曲』の映像収録『希望への苦闘』がダンススクリーン96(リヨン)でグランプリ受賞。
2000年 横浜21世紀座芸術監督(~2001年)
2008年 北京湖広会館で江蘇省蘇州昆劇院と共に崑劇『牡丹亭』上演。
2012年4月 和太鼓集団「鼓童」芸術監督就任
2012年 重要無形文化財保持者に各個認定(人間国宝)
*通名は守田 親市(もりた しんいち)。旧姓は楡原(にれはら)。屋号は大和屋。定紋 花勝見(はなかつみ)。替紋 熨斗菱。








pictures: kabuki-bito and oter

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