上村松園 | 途中下車前途有効 Ameba Version

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第303編 上村松園


■今日は日本画家・上村 松園の書き物を準備してみました。作品は目にしますが、

なかなか本人の息づかい、人となり といったものを目にすることは少のうございます。

幸い、著作権も切れていることから上村松園の回顧録の一つと作品を掲出してみました。



あゝ二十年

-やっと御下命画を完成した私のよろこび-

上村松園


                        

 とうとう二十年来の肩の重荷をおろしましてほっといたしました。ふりかえってみますと、私が十五歳の折り、内国勧業博覧会に「四季美人図」を初めて出品いたしまして、一等褒状を受け、しかもそれが当時御来朝中であらせられた英国皇太子コンノート殿下の御買上げを得た時のことを思い合わせまして、今度皇太后陛下にお納め申し上げました三幅対「雪月花図」とは、今日までの私の長い画家生活中に、対照的なふたつの高峰を築くものだと考えます。自分の口から申すのも変ですが、今度の「雪月花図」こそは、それほど私がありったけの全精神を注いだ努力作品なのでございます。

松園、17歳の作品
 四季美人図
 私がこの作品の仰せをこうむりましたのは、今から実に二十年もの昔のことで、それはその当時宮中に奉仕しておられました三室戸みむろど伯爵を経てでございました。私はそれ以来、一日も早くこの御下命の作を完成しなくてはならぬと、それこそこの二十年間、一日たりともおろそかに放念していたことはありませんが、何分常に他の画債にわれ通しまして、もしかそういう作品にちょっとでも手を着けようものなら、忽ち精進一途の心が二つに割れまして、つい御下命作に筆を染めかねては、一日が一月になり、一月が一年になり、二年三年五年七年と、思わぬうちに歳月が流れさり、つい今日まで延び延びになりまして、一層恐懼きょうくいたしておるしだいでございます。 もっともその間には、幾度か焼炭をあて、下図をつくりましたが、そのつど俗事と俗情に妨げられまして、どうしても素志貫徹にいたらず、まことに残念に存じていますうちに、これまた幾たびかその下図

が古びたり、または損じてしまったりいたしまして、さらに幾ども取りかえ引きかえして今日に及びましたしだいです。                         

                    月

 で私は、いつまでもこれではならぬと考えまして、この春になりましてから、断然発奮いたしまして、ぜひ今度こそはと思い定め、あらゆる画の関係を断ち、一意専念に御下命画の「
雪月花 」完成に精進いたしたわけでした。

    蛍 1913年            新蛍1929年     夕べ1935年
 私は毎朝五時には起床いたしまして、すぐ身を浄め、画室の障子をからっと明け放します。午前五時といいますと、夜色がやっと明け放れまして早晨そうしん爽気そうきが漂うております。鳥の声が近く聞こえますが、虫などのたぐいはまだ出てまいりません。そして約三十分間障子を明け放したままにしておきまして、それからぴたりと締めてしまいます。そう致しますと、絶対に外面から虫も塵気ちりけも侵して来ませんから、画室内は清浄を保つことができます。

 こうして私は、外の俗塵とは絶縁して、毎日朝から夕景まで、専心専念、御下命画の筆を執りました。画室内には一ぴきの蝿も蚊も飛ばず、絵の具皿の上には一点の塵もとどめませんのみならず、精神も清らかで、一点心を遮る何物もありません。こうして私は「雪月花」をやっと完成いたすことができました。

 まことにこの「雪月花図」こそは、乏しい私の一代の画業中に、一つの頂点を作り出した努力作であることを、断言いたし得るのを幸いに思います。
   
        
                 
                      

 完成の「雪月花図」をお納めいたしますについて、これもまた非常に都合のよかったことは、ちょうどこのたび皇太后陛下には京都においで遊ばされ、半月あまりも御所に御駐輦ごちゅうれんに相成ったことでございました。私は三室戸伯のお導きを得まして、作を携えまして、先般御所に参候いたし、滞りなくこれをお納め申し上げましてございます。最初、この作品は表装をつけて差し出すものかと存じましたが、三室戸伯は「単に作品のみの御下命であってみれば、とにかくこのままで差し出すがよろしかろう。その上陛下お好みの御表装を仰せ出さるるやも計られぬ、その時はまたその時のことといたしては如何」とのお言葉でしたから、ある表装師に相談いたしまして、蒔絵軸の仮巻かりまきに仕立て、白木の箱に納め、それを白木の台に載せて持参いたし、御所の御書院において御側近の方々に御面会申し上げ、たしかにお納めいたしましたから、いずれ高貴の御覧に入ったことと存じます。

 この御下命を得ました当時は、皇太后陛下がまだ皇后陛下でいらせられた際のことであり、考えてみますと、筆者の私としましても深い感慨に打たれまして、まことに恐懼の念に堪えないしだいでございます。
 さもあらばあれ、これにて私も、やっと重い責任を果たしたという喜びでただ今いっぱいでございます。私はこれからゆっくりといきして、ゆるやかに神気を養い、更に私の画業の楽しみをつづけてゆこうかと考えています。


庭の雪1948(昭和23)年        杜鵑を聴く1948(昭和23)年

            底本:「青眉抄・青眉抄拾遺」講談社 青空文庫

上村 松園(うえむら しょうえん、本名:上村 津禰(つね)。
明治8(1875)年4月23日 - 昭和24(1949)年8月27日)
明治から昭和期の日本画家。京都府出身。京都府画学校に入学し鈴木松年に師事。「四季美人図」「花ざかり」などで画壇に認められ、国内国外の展覧会でも数多く入賞。大正・昭和期は官展を中心に活躍。美人画を得意とした。代表作に「焔」「序の舞」など。1948年、女性初の文化勲章受章。女性の目を通して「美人画」を描いた。日本画家の上村松篁(しょうこう)は息子、上村淳之(あつし)は孫。

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