1. 「六十里越」(国道252号)から「樹海ライン」(国道352号)へ

 

国道252号は、新潟県柏崎市から「六十里越」(新潟・福島県境)を越えて只見町を通り会津若松市に至る国道です。県境付近には田中角栄さんの記念碑「会越の窓開く」があります。昭和48年に六十里越トンネルが完成したことで全線開通しました。11月中旬から4月下旬にかけてのおよそ半年間は豪雪のため全面通行止で、今年は4/27に通行止が解除されました。

 

 

会越国境の道は、「六十里越」(国道252号)と「八十里越」(点線国道289号)に加え、「樹海ライン」(国道352号)があります。「樹海ライン」の通行止解除は6月で、檜枝岐村へは「六十里越」(国道252号)を越えて只見町経由で行くことになります。今年は雪が少なめ(雪解けが早いのも原因)ですが、会津駒ケ岳のてっぺんは、まだまだたっぷりと雪が残っています。

 

 

秘境中の秘境である檜枝岐~大湯温泉の間は、中世の頃から歩ける程度の峠道は存在していたらしい・・・ほんまかいな???(困難さは八十里越どころではない気がする)

当然、クルマが通れる水準の道路整備進展は遅く、大湯温泉から銀山平までの車道開通は太平洋戦争中、さらに県境を越えて檜枝岐までの(クルマが通行可能な)道路が全通したのは1972年でした。

 

 

平家の落人伝説が残る檜枝岐村は、日本有数の「特別豪雪地帯」となっています。南会津側から行くと長い長いスノーシェルターとスノーシェッドが連続する区間を通ることになります。新潟県の山間部では普通にある道路施設で、珍しくもないのですがスノーシェルターとスノーシェッドの違いは意外と知られていないのではないでしょうか?

 

スノーシェルターとは?

シェルターは避難所と訳しますが、簡単に言うと「雪囲い」です。

スノーシェルターは道路上の吹きだまりと視程障害を防止するために道路を覆う施設で、トンネルやスノーシェッドが連続する区間の「明かり」(トンネルから出たところ)と呼ばれる場所によく作られています。比較的強度のない材料でつくられているので、土砂崩れや雪崩れの発生しない箇所に設置されています。

 

スノーシェッドとは?

シェッドは「覆道」(ふくどう)と訳します。簡単に言うと鉄筋コンクリートで頑丈につくられた「雪崩れ避けトンネル」です。

スノーシェッドは雪崩が起きても覆いの下の道路などには被害が及ばない構造になっています。

 

 

 

2. 国道352号、檜枝岐村と会津駒ケ岳

 

人口600人弱(ウィキでは577人)の檜枝岐村は、大正6年に誕生しました。100歳です。

駒ケ岳と、燧ケ岳、帝釈山に囲まれ、それらの間を通る檜枝岐川と沿線の国道352号沿いに位置しています。観光資源は「尾瀬」「檜枝岐歌舞伎」「山人(やもーど)料理」「スキー」です。

 

 

標高は939m、平均気温は7.7°Cと低く、平均降水量は1,600mmを超え、最深積雪量は例年200cm前後で多い年は300cmを超えることもある豪雪地帯となっています。どこから行くにしてもめちゃめちゃ遠い秘境中の秘境ですが、縄文時代から人が居住していたということです。

 

 

江戸幕府直轄領地の時代を経て、明治22年の市町村制の施行により伊南村・大川村・檜枝岐村の組合村となりましたが、大正6年に組合村から独立し「檜枝岐村」になったということです。平成の大合併の波に呑まれることなく、独立した村として存在感を見せています。

 

 

檜枝岐村の背後にそびえる日本百名山の会津駒ケ岳(2133m)。本日5/12(土)はここで山スキーです。今年は1~2月に寒波が来たものの雪が少なめで雪解けも早く、山の雪も少なめでした。燧ケ岳方面も雪は少なめ・・・

 

 

この日はテレマークスキーでガイドツアーに参加したのですが、靴づれと足つりで散々、ガイドとグループの方々に迷惑をかけてしまいました。運動不足と塩分不足か・・・GWで3kgも太ったし・・・

 

 

3. 「奇跡」といわれる檜枝岐歌舞伎

 

夜はヘロヘロながら、ハコネサンショウウオの唐揚げと熊肉を食べて元気に?ならなかったのですが、楽しみにしていた檜枝岐歌舞伎を見に行きました。

 

 

檜枝岐歌舞伎は江戸の時代より(270年以上の歴史)親から子、子から孫へと伝承されて連綿と続き、春と秋の祭り(3回/年)に奉納歌舞伎として檜枝岐の村人を楽しませてきました。

下の写真のとおり、観客席は露天で、神社への石積みの坂がそのまま自然の観覧席になっており、最高の風情を醸し出しています。

 

 

上演される舞台は鎮守神の境内に有り、国の重要有形民俗文化財に指定されています。夕闇が深まる中での鑑賞は雰囲気充分、歌舞伎に興味のない人でもいい気分になります。私は夜になっても全身がつって脂汗です・・・

 

 

驚きなのは、(600人弱の人口の村で)役者の方々は全て村の住民だということです。みなさん自分の仕事を持ちながら、忙しい中時間をつくって練習されているということで、その演技についても、とても素人には見えない本格的なものです。まさに奇跡です。(歌舞伎を知らない私が言うのもおかしいかもしれませんが・・・)

 

 

4. 国道352号と尾瀬燧ケ岳 

 

翌日5/13(日)、国道352号「樹海ライン」を燧ケ岳方面に向かって進みます。

 

 

道路沿いに、この土地の倉造りの3つの工法である「井籠造り」「落とし板倉」「貫板倉」が紹介されています。

檜枝岐は壁にもちいる土がないことから、昔から住居も倉も木造だったとか。そのため、火事から守る目的で、大切なものを収めた倉は住居から離れた場所に建てたそうで、道路沿いにぽつりぽつり残されています。

 

 

この日は燧ケ岳の中腹の残雪でスノーボードです。尾瀬の玄関口「御池」の駐車場付近では水芭蕉がきれいに咲いていました。

 

 

雪が少なかったので、つぼ足、トラバース、薮こぎ等、結構アドベンチャーな残雪山ボードになりました。

 

 

燧ケ岳中腹からみた会津駒ケ岳です。

 

 

5. 真夏の枝折峠(2017年7月)

 

今回は枝折峠(標高1065m)を通って新潟に帰ることができなかったので、2017年7月の写真で振り返ります。

かつては未舗装のダート国道として知られ、難攻不落と言わせしめるほどの難路として有名だった枝折峠。すべてが舗装道路になったのは1990年以降と言われています。ダート好きには残念なことでしょうが・・・

羽越国境の朝日スーパーラインといい勝負?延々と続く九十九折れの峠道と奥只見湖畔の道は、いつになったら目的地につくのか想像できないほど厳しいものです。

 

 

道路屋の私が言うのも何ですが、集落のないこの区間に道路をつくる意味がわかりません。登山(越後駒ケ岳)や渓流釣りにはありがたい道路ですが・・・

 

 

枝折峠の峠道は、路線バスの通行を目的に、午前中は新潟県→福島県の東行き、午後は福島県→新潟県の西行きの一方通行という時間帯変動型の交通規制(二輪車全面通行止)が行われていましたが、2006年に解除されました。現在の道路は幅も充分ですれ違いにもそれ程ストレスも感じません。シルバーラインがバイパスの役割をしているため交通量も少なく、越後駒ケ岳の登山以外で使うドライバーは少ないのではないでしょうか・・・

 

 

越後駒ケ岳への登山道を歩いてみましたが、頂上には立っていません。会津駒ケ岳も・・・私はピークハントにこだわりがないので頂上に立てなくても悔いもなにもありません、楽しければOKなんです。

 

 

奥只見湖に向かうヘアピンカーブです。

 

 

あったかいアスファルト舗装の上で昼寝をしていたお猿さんの邪魔をしてしまいました。減速する私のクルマを見てゆっくりと起き上がりゆっくりと路肩のほうへ移動していきました。ごめんな~

この日は、このまま延々と九十九折れの道を走りつづけ檜枝岐を経由して会津柳津経由で新潟に戻りました。国道352号恐るべし・・・

ここを走る時は、ガソリンチェックとクルマ故障時の準備(ビバーク?)を忘れずに。