超共役を考える、その3、トルエンの場合(改訂版2)
当初図が一部抜けていました。申し訳ありません。
言いっぱなしでもまずいと思いまして、メチルベンゼン(トルエン)の超共役効果と言われているものに関して、以下に自分の意見を書かせて頂きます。お断りしておきますが、私は量子化学を専門とする研究者でも何でもありませんので、間違っている可能性があります。その辺をご承知おきの上、お読み願います。
さて、ベンゼンとメチルベンゼン(トルエン)を比べてみたいのですから、まず、ベンゼンの分子軌道を考えてみます。簡単な計算ですので、あまり正確ではありませんが、ベンゼンのHOMO(2重に縮重している)とLVMO(やはり縮重している)は、以下の図で、それほど間違いはないはずです。
電子は全部で6×6+1×6=42なので、1つの分子軌道に2つの異なるスピンの電子が入っているとすると、一番安定な状態(基底状態)では、安定な方から21番目の分子軌道まで電子が詰まっています。芳香環(ベンゼン環など)では、芳香環から電子が入っている軌道(柀占軌道)が、他の分子の電子が入っていない軌道(空軌道)を「攻撃」する、「親電子置換反応」と呼ばれる反応が一般的ですので、福井謙一博士のフロンティア軌道理論より、芳香環の、最も不安定な柀占軌道(最高柀占軌道;HOMO)が、他の分子の最も安定な空軌道(最低空軌道;LVMO)を攻撃するパターンが一番有利です。従って、ベンゼンでは、21番目の軌道が他の分子のLVMOを攻撃します。メチルベンゼンの場合、有機電子論的に書けば、以下のようになります。
これが、上図のように、メチルベンゼン(トルエン)では、反応性が少し高くて克つオルト位やパラ位に置換基が入ったものが多くとれるというのが、超共役の効果のためと解説されています。
とすると、超共役の効果は、
1.HOMOはベンゼンより不安定である(反応し易い)
2.オルト位、パラ位にフロンティア軌道(HOMO)が、メタ位より広がっている
ことに一役買っているはずです。実際、メチル基の軌道エネルギーをはかるのは困難ですので、メタンのσ(CH)結合を例にして考えると、下図のようになり、HOMOの不安定化が説明できます。
空軌道を無視すると、HOMOは、メチル基のσ(CH)結合と、反結合性の(引き算の)軌道混合により、不安定化しています。HOMOの一つ下は、ベンゼンのHOMO(-0.3308au)とそれほど変わらないことからも明らかです。そうすると、これまでの超共役に関する概念を大きく覆す必要に迫られてしまいます。
これまでは、「電子の入った軌道のσ(CH)軌道と空のπ軌道が重なり合って混合(相互作用)することが超共役である」と説明されてきました。事実、[CH3CH2]+ではそれで間違いなかったわけです。ところがそもそも、メチル基をつけると反応性が活発になるのですから、HOMOもしくはそれに近い軌道が不安定化されなければなりません。そのためには、空軌道と被占軌道(電子の入った軌道)が混合するのではうまくありません。HOMOが安定化してしまいます。HOMOが不安定化するためには、電子の入った被占軌道同士の混合が行わなければならないのです。
もう一つ、t-ブチルベンゼンでは殆ど超共役効果が見られないとのことですが、HOMO及びHOMO-1のエネルギー準位は、それぞれ-0.3244au, -0.3351auですから、トルエンの-0.3187au, -0.3288auと比べると安定(不活性)で、ベンゼンの-0.3308auより、HOMOは少し不安定となりますから、実験的事実をうまく説明してくれると同時に、軌道混合(相互作用)がうまく働いていないことを示しています。巷間伝えられるとおり、σ(CC)軌道が、細長すぎるためと考えて間違いないと思います。
これが新説なのか、既説なのか、はたまた珍説なのか、詳しく調べたわけではないので専門家でない当方にはわかりかねますので、専門家の方がご覧になっていましたら、ご教示頂けましたら幸いです。
なお、超共役の項の計算には全て6-31G**基底関数を用い、Dr. Alex A. Granovsky 作成の Fireflyで計算、千田範夫博士による、Winmoster version 3.805で、軌道関数の等値曲面表示を行いました。改めて感謝申し上げます。
--
・Firefly QC package [1], which is partially based on the GAMESS (US) [2] source code.
Alex A. Granovsky, Firefly version 7.1.G, www http://classic.chem.msu.su/gran/firefly/index.html
・M.W.Schmidt, K.K.Baldridge, J.A.Boatz, S.T.Elbert, M.S.Gordon, J.H.Jensen, S.Koseki, N.Matsunaga, K.A.Nguyen, S.Su, T.L.Windus, M.Dupuis, J.A.Montgomery J.Comput.Chem. 14, 1347-1363 (1993)
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・千田範夫,分子計算支援システムWinmostarの開発,出光技報,49,(1),106-111(2006)
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言いっぱなしでもまずいと思いまして、メチルベンゼン(トルエン)の超共役効果と言われているものに関して、以下に自分の意見を書かせて頂きます。お断りしておきますが、私は量子化学を専門とする研究者でも何でもありませんので、間違っている可能性があります。その辺をご承知おきの上、お読み願います。
さて、ベンゼンとメチルベンゼン(トルエン)を比べてみたいのですから、まず、ベンゼンの分子軌道を考えてみます。簡単な計算ですので、あまり正確ではありませんが、ベンゼンのHOMO(2重に縮重している)とLVMO(やはり縮重している)は、以下の図で、それほど間違いはないはずです。
電子は全部で6×6+1×6=42なので、1つの分子軌道に2つの異なるスピンの電子が入っているとすると、一番安定な状態(基底状態)では、安定な方から21番目の分子軌道まで電子が詰まっています。芳香環(ベンゼン環など)では、芳香環から電子が入っている軌道(柀占軌道)が、他の分子の電子が入っていない軌道(空軌道)を「攻撃」する、「親電子置換反応」と呼ばれる反応が一般的ですので、福井謙一博士のフロンティア軌道理論より、芳香環の、最も不安定な柀占軌道(最高柀占軌道;HOMO)が、他の分子の最も安定な空軌道(最低空軌道;LVMO)を攻撃するパターンが一番有利です。従って、ベンゼンでは、21番目の軌道が他の分子のLVMOを攻撃します。メチルベンゼンの場合、有機電子論的に書けば、以下のようになります。
これが、上図のように、メチルベンゼン(トルエン)では、反応性が少し高くて克つオルト位やパラ位に置換基が入ったものが多くとれるというのが、超共役の効果のためと解説されています。
とすると、超共役の効果は、
1.HOMOはベンゼンより不安定である(反応し易い)
2.オルト位、パラ位にフロンティア軌道(HOMO)が、メタ位より広がっている
ことに一役買っているはずです。実際、メチル基の軌道エネルギーをはかるのは困難ですので、メタンのσ(CH)結合を例にして考えると、下図のようになり、HOMOの不安定化が説明できます。
空軌道を無視すると、HOMOは、メチル基のσ(CH)結合と、反結合性の(引き算の)軌道混合により、不安定化しています。HOMOの一つ下は、ベンゼンのHOMO(-0.3308au)とそれほど変わらないことからも明らかです。そうすると、これまでの超共役に関する概念を大きく覆す必要に迫られてしまいます。
これまでは、「電子の入った軌道のσ(CH)軌道と空のπ軌道が重なり合って混合(相互作用)することが超共役である」と説明されてきました。事実、[CH3CH2]+ではそれで間違いなかったわけです。ところがそもそも、メチル基をつけると反応性が活発になるのですから、HOMOもしくはそれに近い軌道が不安定化されなければなりません。そのためには、空軌道と被占軌道(電子の入った軌道)が混合するのではうまくありません。HOMOが安定化してしまいます。HOMOが不安定化するためには、電子の入った被占軌道同士の混合が行わなければならないのです。
もう一つ、t-ブチルベンゼンでは殆ど超共役効果が見られないとのことですが、HOMO及びHOMO-1のエネルギー準位は、それぞれ-0.3244au, -0.3351auですから、トルエンの-0.3187au, -0.3288auと比べると安定(不活性)で、ベンゼンの-0.3308auより、HOMOは少し不安定となりますから、実験的事実をうまく説明してくれると同時に、軌道混合(相互作用)がうまく働いていないことを示しています。巷間伝えられるとおり、σ(CC)軌道が、細長すぎるためと考えて間違いないと思います。
これが新説なのか、既説なのか、はたまた珍説なのか、詳しく調べたわけではないので専門家でない当方にはわかりかねますので、専門家の方がご覧になっていましたら、ご教示頂けましたら幸いです。
なお、超共役の項の計算には全て6-31G**基底関数を用い、Dr. Alex A. Granovsky 作成の Fireflyで計算、千田範夫博士による、Winmoster version 3.805で、軌道関数の等値曲面表示を行いました。改めて感謝申し上げます。
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・Firefly QC package [1], which is partially based on the GAMESS (US) [2] source code.
Alex A. Granovsky, Firefly version 7.1.G, www http://classic.chem.msu.su/gran/firefly/index.html
・M.W.Schmidt, K.K.Baldridge, J.A.Boatz, S.T.Elbert, M.S.Gordon, J.H.Jensen, S.Koseki, N.Matsunaga, K.A.Nguyen, S.Su, T.L.Windus, M.Dupuis, J.A.Montgomery J.Comput.Chem. 14, 1347-1363 (1993)
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・千田範夫,分子計算支援システムWinmostarの開発,出光技報,49,(1),106-111(2006)
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