SHACHIというバンドが中学校のころからずっと大好きでした。


僕の音楽の入りはもちろん青春パンク。名前を出せばキリがないくらいたくさん聴いた。オムニバスに入ってるバンド、好きなバンドのCD裏のSPECIAL THANKSに載ってるバンドのCDをタワレコ、ブック・オフやDORAMAやディスクユニオンで漁りまくる日々。17歳くらいから20代前半にかけてそんな日々が俺の全てでした。今でも僕が青春パンクをこの世で1番聴いている、などとつまらないプライドを掲げるくらいにはそれしかなかったしオタクだった。


バイトで得た金は全部CD、バンドの雑誌、ライブハウスのチケット、物販に消えていった。(のちにバンドを始めるとこれにノルマというものが乗っかりそりゃ金がなくなるのも当たり前だなバンドマン)


話がそれました。


僕はGREENDAYが大好きだったしHi-STANDARDも大好きだったし、いわゆるメロコアと呼ばれ英詞で唄うバンドのほとんどが好きだった。(ちなみに英語で唄うバンドで1番好きなバンドはNICOTINEです)


けど、これはバンドを初めてから特に想ったことなんだけど、青春パンクをやってる連中はメロコアのバンドと余りつるまなかった。逆も然りでお互いがお互いをバカにしてるような感じさえあった。


英語なんて何唄ってるかわかんねー。


日本語で唄うなんてダセェ。


この価値観の差はバンド始めた僕らの周りの仲間では特に顕著だったし(まずハコもブッキングしたがらない)人気のある先輩たちでもそういう風潮は感じ取れた。


前置きが長くなりすぎた(笑)


SHACHIの対バンやツアーは全然そんな感じがなかった。G4Nと全国を周ってみたり、MUSHA×KUSHAとツーマンしてみたり、OATやストンピンと対バンしてると思いきや太陽族スタパンと下北沢屋根裏でやってみたり。


SHACHIがやってる音楽が大好きだったのはもちろん、カッケーならなんでも良いじゃん、バンド最高じゃんみたいな愛をライブから活動から感じとれた。


こんなバンドになりたいと強く想った。仲間やお客さんから愛されるバンド。後輩からリスペクトされるバンド。ツアーバンドに痛いくらい憧れたのももちろんSHACHIの影響です。


実際面識を持たせていただくようになり、各メンバーさんと個人的なお付き合いをさせてもらうようになってからも、その想いは消えず、むしろ尊敬や好きな気持ちは増すばかりですナウゴーインノン。


SHACHIになりたくて全身ロリクレで固めるようになりTAKEさんのブログを読んでは感化され(今でも更新されたものは欠かさず読んでます)人の付き合い方を学んで。


音楽も人生もすべてをSHACHIから教わりました。もちろんこれは大袈裟な話でもっといろんな人いろんなバンドからもそういう気持ちはいただいてます。好きなバンドばっかりだもん俺オタクなんで(笑)


けどSHACHIは特別です。


そんなSHACHIのモノマネみたいにバンドを続けてきた俺もTHEリマインズという大切な仲間ができて、明日ついに元気堂企画元気堂のホーム新宿Marbleでスリーマンです。


SHACHIは長いキャリアの中で新宿Marble初出演。THEリマインズもMarbleはうちが初めて誘ったのではなかろうか??(違ったら1コキすいません)


これだけでも俺が新宿Marbleを背負ってバンドを続けてきたことに意味があるのではないだろうか。鈴木さんに少し恩返しできたかな。これで明日動員めちゃくちゃ少なかったら泣けるな(笑)


THEリマインズのことも書きたいこといっぱいあるけど彼らは仲間なので変に馴れ合いのようではいたくないし、実際そんなお互い褒め合うこともなくなんとなくいつも一緒にいてくれてるのが嬉しいです。


けどこれだけは言いたくてTHEリマインズのタケウチがLINKのことをこの世で1番好きなんだけど、そのLINKと元気堂を新宿ACBでTHEリマインズ企画でやらせてくれたんだよ!


じゃあ俺は元気堂企画で新宿MarbleでSHACHIとTHEリマインズだろってわかるかなこの感じ。


とりあえず横浜の王将でスタパンとLINKのツーマン見たあと話したこと俺はずっと忘れてないので。俺が路頭に迷ったら雇ってくれ(笑)


ブログなんか普段書かないから長文駄文すいません。こんなもん読んでる暇人はこれくらい許してくれるだろ(笑)TAKEさんみたいにうまくは書けん(笑)





2023.2/11(土)新宿Marble

元気堂presents

「FOREVER PUNK FOREVER KIDS vol.14」


OPEN/11:40

START/12:00


Adv/¥2400+1d

Door/¥2900+1d


元気堂

SHACHI

THEリマインズ


明日遊びに来てくれたら嬉しいな。元気堂今が1番カッコイイので!!


田中貴史1つの夢は叶います。けど集大成でもゴールでもなくて大きな一歩としてこの先も走り続けますので!一緒に夢見てほしいよ応援してくれてるみんなも、大好きな先輩、仲間たちも。


最後になります。


SHACHIのHIDETAさんと面識ができたのはMUSHA×KUSHA池田さんとハイファイコーヒーズのおかげです。




チヨンさんと面識ができたのはおい、そこの道あけろの下北の打ち上げで初めて飲ませていただいたのでその日と、3SET-BOBユースケのおかげです!!




TAKEさんと出会わせていただいたのは山之内太郎という俺の友達です。2008.1/26新宿ACB(ほら俺オタクだから誕生日もライブハウスにいるんだ)AFRICAN MARTENS、SABOTENとSHACHIのツーマンを元メンバーのこっしーと見に行ってて。こっしーはSABOTENの方が好きだった(笑)


太郎さんが緊張しまくりの俺を捕まえてTAKEさんとお話しさせてくれて。「元気堂って人気はないけど勢いだけあるバンドやってる奴だから覚えてあげて」って言われて。俺はTAKEさんと何を話したか覚えてない。そのあと太郎さんと小型をニケツして三軒茶屋の安々で焼肉食ったな。


キャノンボールのアクションさんも俺のことTAKEさんに紹介してくれた。今回のイベントが決まってすぐにアクションさんには連絡させてもらった。キャノンは明日沖縄らしい(最高かよ、笑)


2010.12/23渋谷クアトロSHACHIの解散ライブ。俺は信じたくなかったから行きたくなかった。この頃はもちろんメンバーさんとも面識もなく(前述の挨拶くらいの)ただのファンだった。SHACHI解散についてmixiにブログ書いたら八王子MatchVoxの奥さんが返事してくれたのを今でも覚えてる(笑)


そんなこんなしてたらチケットも売り切れちゃって(当たり前だバカヤロー)けどやっぱり最後のSHACHIを見届けたいと想って(ファンって本当に図々しく、そして愛しい生き物ですね)山之内太郎に頼んでゲストで入れてもらった。良かった太郎さんSHACHIには嫌われてなかったんだね(笑)


その日は本当にあっという間で俺はずっと泣いてて太郎さんはいつも通りで、よく覚えてないけど打ち上げまで残らせてもらったんだよな。


このライブはDVDになったんだけど裏ジャケに打ち上げに出てた方たちの集合写真が載ってました。俺と太郎さんのツーショット。宝物みたいな1日に本当に宝物お土産にもらっちゃったよ。


この日もニケツで三軒茶屋の安々で焼肉食った。俺は若かったし時代も時代だったからわかんないけどあいつ絶対飲酒運転だったろ(笑)



太郎さんありがとう。いつまでたっても太郎さんとの思い出はずっと色褪せないよ。下屋根で一緒に唄ったレットイットシャインも下屋根の最終日階段でうずくまって泣いてた太郎さんも(下手したらあの日もう死んでたのかもな、笑)太陽族のライブでつまんねー野次入れてる太郎さんも、誰よりも仲間想いで、誰よりも人懐っこくて、誰よりも面倒見が良くて、誰よりもめんどくさくて、誰よりも寂しがりで、俺よりも青春パンクが好きだった太郎さんのことずっと忘れないよ。

太郎さん俺34歳になったよ。元気堂15年も続けられたんだ。未だに人気もないけど勢いだけはずっとあるんだ。その勢いだけであなたが繋げてくれたSHACHIをイベントに呼べたよ。「Marbleは好きだけどけんちゃん俺のこと嫌いだろ」って言ってた鈴木さんがてめぇが死んですぐ俺に連絡くれたよ。

明日は俺と元気堂のおかげでできた日だけど明日を迎える前に太郎さんのこと思い出せずにはいられなかったよ。あんたに見てほしかったんだ。
本当にありがとう。

もう俺の思い出に入ってこないでね。ずっとずっとそばにいるんだから。

さっ明日熱くて楽しい奴やるからみんな新宿Marble俺のホーム日本一カッコ良くてイケてるライブハウスに遊びに来てよ!!

よろしく頼むわ!

2023.2/10
東京新宿元気堂
田中貴史


毎度お世話になっております、元気堂田中貴史です!


まずみなさんに謝らなければいけないのは、私田中貴史、前回のブログで「金輪際二度とお酒を飲まないことを誓います」と書かせていただきましたが、先日の10/10(月)にあのブログを書いて以来初めてお酒を飲んでしまいました。


理由や背景はどうあれ、あんなに騒ぎ立てたのに約束を破ってしまったことは、大変申し訳なく想います。


ただ、お酒をやめるきっかけになった大きな出来事に関しては、周りのみなさま、ご本人様たちの優しさで、少し信頼を取り戻せたような気がしております。

もちろん自分が迷惑をかけたことはずっと消えないしこれからも勘違いせずに一生向き合わなければいけないと思っております。

約1年間だけですが、お酒をやめて良いことばかりでした!最初の1ヶ月、2ヶ月は正直精神的に参りましたが、慣れてしまったらなんてことなかったです。お金もあんまり減らなくなったし(笑)

自分が素面でいると酔っ払ってるみんなのことが、よく見えて、いかに自分が意図せず周りに嫌な想いをさせてきたかも感じることができました。

ただその一方こんな俺でも一緒に飲みたいと言ってくれる先輩や仲間がたくさんいてくれて、その想いに応えることができなかったのは寂しかったし申し訳ない想いでいっぱいでした。

それでも頑なに断ってきたのは自分が変わりたかったから。

さて、このブログで端的に何を伝えたいかと言いますと、田中貴史お酒を解禁します!!!!!

元はと言えば誰かにやめろと言われて始めた禁酒ではありません。ましてやもう飲んでしまったものは仕方ない(笑)

ただ、やっぱりお酒に溺れてた時の記憶がどうしても消えなくて、お酒を飲むことへの怖さはまだまだありますし、あの頃には絶対に戻りたくない。

なので解禁と大袈裟に言いましたが、あくまでコミュニケーションツールとして嗜む程度でやっていこうかと想ってます。基本的には飲まないスタンスでやっていきます。

これでまた酒にやられるようなら結局変われなかった大バカヤロウです。もう次がないことはわかってます。

お酒を飲めなかった時も俺と仲良くしてくれたみなさん、会うたびに俺と飲みたがってくれたみなさん、酒が飲めないのわかってて飲み放題のイベント呼び続けてくれた先輩、酒も飲まないのにいつも暖かく迎えてくれたあの店、俺のためにノンアルコールビールをめちゃめちゃ発注してくれたライブハウス、会うたびに飲まなくなった俺を褒めてくれたショップ店員、大きな優しさで俺を許してくれた兄さん方、そばに居続けてくれた元気堂メンバー、支えてくれた家族、

本当にいつもありがとう。

俺酔っ払ってなかったから全部覚えてるから。一生忘れないから。素面で生きててみんなの優しさまっすぐ受け止められました。恩返しの人生を、迷惑かけた分周りのみんなを笑顔にできるような人間になりたいと想います。

俺絶対すごい男になるよ。

みんな待たせたな!!ライブハウスで乾杯しよう!!!!!!

田中貴史




みなさんご無沙汰しております。元気堂田中貴史です。

この度、私田中貴史は金輪際一切お酒を飲まないことをここに誓います。

バンド始めた当初の僕は、お酒も飲めないわ、特に個性もないわで、よく先輩から「元気堂はパンチはない、つまんない」と言われたものです。



今ではそんなことはないかもしれないですけど、僕が若かったころは「バンドマンは酒飲めてなんぼ」っていうのが結構大前提にあって、打ち上げなんかもそれはそれは若い僕からしたら恐ろしい場所でした。


けど、バンド認めてほしくて、酒飲めないくらいで相手にされなくなるなら、むしろ飲みまくってやるよ、と想い酒をやり始めました。


飲みたくない酒もたくさん飲んで、たくさんリバースして、たくさん粗相して、たくさん揉めて。


すっかりお酒で闘えるバンドマンに慣れたと自信を持てるところまできました。


「田中は酒だけやめれたら最高なのにな」


今度はいろんな先輩から、こういう話をいただくようになりました。


なにせ、酒癖が悪い。先輩にかみつき、時には暴力沙汰、時には警察沙汰、こんなことが日常茶飯事の時期がありました。


そんな時に大切な先輩のバンドのイベントで揉めて、仲間からはソッポを向かれました。メンバーもいなくなり俺は独りぼっちになりました。


それが本当に悲しくて寂しくて悔しくて情けなくて、信頼を取り戻すために独りぼっちでも立ち上がらなきゃと想いました。


この辺が、今まで全く弾いてこなかったギターを持って、弾き語りライブをやり始めたときです。


「男は黙って一人旅」と言いますが、本当に豊かな出会いの連続で、弾き語りもどんどん楽しくなっていきました。


がんばってると誰かが見ていてくれてるもので、幸い元気堂にもドラマーのミチヒロが入ってくれました。


ここくらいがコロナ前のお話し、このコロナ期間中僕が音楽を一回やめようとしてるのですが、それは今回とはあまり関係ないので割愛。けどこの辺からまた酒の量が増えてきた気がします。


そして、一人で弾き語りやるのも慣れてきて、元気堂もちょこちょこライブをやれるようになってきた現在。


今の僕はと言えば、一にも酒、二にも酒、朝から晩まで酒のことを考えるようになっています。間違いなく「アルコール依存中毒性」ってやつです。


ライブ前も酒、働く前も酒、毎日酒、朝から酒。


バンドをかっこよくなるために始めた酒なのに、最近じゃ酒を飲むために音楽をやってるんじゃないかと想われてもおかしくない異常な飲み方を繰り返してます。


そして、ここのところそんな飲み方をしているからまぁ人生のトラブルが多いわけで。


誤解しないでいただきたいのは、「このトラブルのせいは全部酒のせい、俺は悪くない」などど言いたいわけでもなんでもなく、全て自分の心の弱さからくるものです。


一度つまづいて、差し伸べてくれた手も、またお酒で裏切ってしまったわけです。


あの時独りぼっちだったと想ってた俺は、全然そんなことなくて、それでも側にいてくれてる人に、ずっと甘えてたんです。


「田中は変わった、田中は成長した、最近がんばってる」なんて言われて調子に乗って悦に入って、ただ酒を飲んでるだけでした。


以前揉めた時、絶対に言えなかった


「お酒をやめます」


今度は本当の独りぼっちになる前に。大袈裟かもしれませんが、治療する気持ちで自分と向かい合います。意志でどうにもならなければ通院も考えています。もうそういうところまで来てしまってる気がします。


心苦しいのは、全国の友達と交わしてきた「また飲もう」という約束を破ってしまうこと、


大好きなお店、大好きなライブハウスでお金をあまり落とせなくなること


けどノンアルコールでも遊びにいかせてください


せっかく痩せたし太らないように気を付けよう


僕本当にお酒が大好きで、お酒を飲む場所も、打ち上げの一気飲みもめちゃくちゃ好きなんだけど、これを決心して浮かんだのは、「あぁもう無理して身体を壊してまで酒飲まないんで良いんだな」という安心感です。


散々飲んで散々迷惑かけてきたんでもう僕のことを「パンチがない面白くないやつ」なんて言う人いないよな


みんなごめん、酒やめるわ


俺はすごい男になるよ


長文駄文ダラダラと失礼しました。どうぞこれからも田中貴史、元気堂のことをよろしくお願いします。


田中 貴史