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嫁と長男と次男と私は、守山の帰りに琵琶湖の夕陽を眺めた。

夕陽が沈むのを見ながら思った。

世代は変わる。

また陽は昇るだろう。

洛陽には感慨深いものがある。

息子達は仲良く過ごす。

娘達はそれぞれ勤務し、一緒ではなかったが、私の心の支えになっているのは間違いない。

陽の光を見るとやはり愛というものを考えざるをえない。

倫理道徳宗教哲学主義主張は自由な時代になり、基本的人権により、私たちは護られている。

この法治国家の日本に幸せをもたらしているものは何か。

人とのつながりである。

いろんな方に感謝である。感謝をするからこそ義務使命反省協調がまた一つ一つ大切になる。

人は

愛したい愛されたい生き物。

自分を責め続けてはならない。

生きているものは、自分自身を守るように出来ている。

大切なのは人を批判したり、攻撃するしたりする事は慎むことである。

怒りや哀しみを吸収するかの様な夕陽の輝き。

輝きだから、吸収すると言うのはおかしな表現かもしれない。

辛い事苦しい事は誰かにぶつけよう。そして陽の光を浴びて、自らを顧みよう。

癒しのエネルギーが陽の光にはあるんだ。

自分が出来ることをしよう。

批判したり、攻撃したり、投げ出したりしないで。

周りと比較しなくていい。

今日、これから始めればいい。出来なかったらまた挑戦して良いんだ。

より良き方向に向かうため、つながりがある。

もし、自分の境遇が不幸と思うなら、それで終わりにしないで欲しい。

自分が出来ることを、良き方向に向かう様につながりを持とう。

離れていても、時空が違っていても、どこかで見護る陽の光がある。悪い人がいるけれど良い人もいるんだ。

背を向けない限り、完璧な人がいなくても、自分自身を護って行けば道がある。騙されても見捨てられても哀しみや苦しみは自分の世代で終わりにしよう。

そんなことを夕陽を見ながらまた、沈んだ後も考えていた。

一緒に夕陽を眺めたこの一瞬は大切な時間だった。



美術指導の方針は。

私が見護ること。生徒が自分らしさを掴むこと。私が生徒を褒めること。

ある時は放任。私が。

ある時は模倣。生徒が。

ある時は沈黙。私が。

基本は見守り。

完璧な指導をする事は難しい。だからより良き方向を見つけて行く。ひとりひとり分析し解説していく。

その人にしかない個性を花のように咲かせることは決して容易なことではない。

ただ、プロフェッショナルな世界に生きていくからには甘いことは出来ない。

プロセスも大事。結果も大事。

最後は何が大切か。

プロセスの楽しみ。造る楽しみ。描く楽しみ。

それを大切にしたい。

いろんな造り方があるよ。

いろんな描き方があるよ。

私は私。あなたはあなた。そんな世界があるんだ。ゆっくり行こう。

マイペースで自分らしさにこだわってね。待ってるから。見守っているから。

楽しみの時間になるように。私の指導方針がある。

クロッキーとデッサンが基本。

クロッキーは感性を高め、デッサンは理論を深める。右脳と左脳のバランスが取れて行くように。

自分らしさを掴むことができる様に。私は美術指導をしている。




子供たちは未来の象徴である。

なんだかんだ事情や経緯はあれど結論は未来の為に…それを考えることである。

過去のことを語ると、異論もある。決して同調や、共感だけに留まれない現実がある。

認めている絶対的なものは、人は必ず死を迎えると言うこと。そして、死を迎えるまで生きていくと言うこと。

その為に過去を振り返るだけにとどまらず、今を未来の為に生きていかねばならない。

一つ一つ教訓はある。

昨日、アベンジャーズを見ながらまた思った。

戦争を繰り返す我々人類は、結局のところ平和を願っている。その為に、持論と合わないものと闘い続ける。大局を見失う持論を展開して…トドのつまりは小局で争っている。

理想論と現実論が重なり合って。

今は日本は安保改正で論議をし、未熟ながら結論を出そうとしている最中である。

今の論議が正しいのか正しくないのかそれは誰にもわからない。歴史はそうやって動き、今の我々に語りかける。

未来の為に何が必要なのか?

私は子供達の存在だと思う。子供が憲法解釈によって、もし戦場に行き命が失われてしまうと考えたら、やはりそれは悲しい事である。

だが、一方で、そんな自分の国を守る為に戦場に送らないと決めた日本ができたどしよう。そんな日本を守る為に命を落とす、外国の人ができるかもしれないと考えたら、どうだろう。

話は簡単ではないはずだ。みんな生活をしている以上、家族と関わっていく。

アベンジャーズに出て来た戦士達が一時避難したのが、またある戦士の家族とその故郷である。

究極は人はみな安息の地を求めている。平和な世界とは何だろう。それを考えさせる映画だった。

生命を守る為に自分の命を捧げること。それは決して究極の選択とは言えない。それを究極の答えとして、迫るのがカルトやマインドコントロールである。

未来の為に何をするのか?それは決して一つの答えではない。戦場に行き命を捧げることが美徳ではない。助けた命がこれからどう生きるかである。

私たち日本人は戦地や故郷で犠牲になった命の上に成り立っている。忘れてはならない。数多く流した涙を。

未来の為に戦おうとした人達がいる。何を守ろうとしたのか?我々日本人は。

天皇か?国家か?上官か?

家族と故郷を守ろうとしたのではないか?

私は思う。国会で論議が起きている中で、それぞれが自分の意見を述べること。また国民の一人として意見を述べること。それが正しいことであり、論議の内容の正義を貫くこととはまた次元は違うはずだ。

そして、未来の日本の為になることを一つ一つ実現することである。先送りして論議を延ばすことではない。

我々に大切なこと。家族と故郷を守ること。決して他国を犠牲にしたり、他国に依存したりせずに出来ることは何かを考える。

生活を守ろうとする役割と、人の為になり、自分の為になることを考えることがあるとすれば…

やはり未来を担う子供たちに答えはある。

そこに感謝や反省は必要になる。完全でない人類はどう生きるか。

死を迎えるまでに、どう生きるかを考えて行動する。その為に期限を決めた論議がある。人任せではない自分の持論が結果どうなるかを考えるのではなく…誰を護り何を守るのか宇宙から見た視点で語り尽くす。

破壊して新しいものを作ればいいのではない。争いをなくす為の闘い。

遺伝子にある生きるとは何かを考える。受け継ごうとする遺伝子もまた進化をして欲しい。天災が起こるこの世の中で助け合うとは何かを。

人の中にあるナルシストなエゴイズムと闘い続けること。決して一つの答えではないはずだ。

そしてその答えは未来が続く限り、永遠と続く。人の数だけ答えはあり、また過去の人たちの犠牲がある。

我々が護りたいのは家族と故郷である。心休まる場所を作って行こう。

私たちの五人の子供達がいて、感謝である。

昨日、ダウン症の息子と語り、思った。また、今日、朝起きた時、彼が母親に言った。

「心配すんな。俺がいるからな。」

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家庭と故郷を大事にして生きたい。
母が入院して一週間がたった。

脳梗塞。脳の三分の一に異常があった。

母の友達が訪問して居なければ、おそらく最悪な結果になっていただろう。

母はもともと病院嫌い。というか我慢強い。私が小さい頃は母が病気で寝込んだとか、病院に通っていたとか、全く記憶がない。

母は自分でも身体が丈夫な事をさりげなく自慢していた。

「熱が38度越えてるけれど、なーんちゃなかよ。」

母は離婚したあと、私達三人兄弟の子供を連れて、美容学校に通って、美容室を開いた。

自営業だし、子供の事もあるし、母は頑張って働いていた。ただただ生き抜いてきた。

でも、今はそんな母を見守るしか出来ない。そばで面倒を観てあげていたら…。考え始めると答えのない迷路に入る。そこには複雑な原因と事情がある。

周りからみたら、責められても仕方ない。今の私には難しいとしか言えない。母の面倒は近くに住んでいる兄が観ている。

母は2匹の猫と一緒に一人暮らし。六十代終わりに美容室をたたみ、わずかな年金と、市のお世話になりながら暮らしている。介護なしでは暮らして行けなくなった。

私はガンで母が手術した時も見舞いには…行けなかった。いや、行かなかった…どっちだろう。

今年は数え歳で喜寿になるので、なんとか一日だけの時間を作り会いに行った。

白髪で痩せていた母をみて、やはり苦労をかけてきたなと…兄弟三人。私を含めて、兄も弟も親不孝だ。複雑な原因と事情はもう語りたくはない。未来の事を思えば、いろんな失敗や事件、事故、病気、災難は越えていかざるを得ない。

入院の母は、今は様子見。しっかり喋れるから、回復して欲しい。まだまだ食欲もなく、思ったように歩けないそうだ。電話口では、「ごめんね。ごめんね。」を連呼する母親。私の方がごめんね。なのに…。

母の入院を通してまた家族と言う存在を考えさせられる。

母を亡くした人がいる。母は生き抜いてきた…私には今は何も出来ないが…私はあきらめない。

不幸な家族が無くなるように…笑顔で生き、笑顔の思い出で生きていけるように自分が出来る事をして行きたい。

母の入院は兄に託して…。弟はさすらいの人生。まだまだ、兄弟三人は親不孝だ。そうなった原因を探るうちに出てくる答は、遺伝子をつなぐ男と女が変わらなければならない。

家族と言う言葉が生きて未来に渡り不幸をつなげるのではなく、幸せのリレーが出来るように…。

私も子供五人いるから…。それぞれの未来にエールを送りたい。母にはただ、

「ごめんね…」としか言えない。

母親の回復を今は願うばかりだ。
久しぶりに母親と兄にあった。

共にオール白髪。母親と兄は良く夫婦と間違えられるそうな。

兄とは一歳差なんだけれど、確かに老け込みショボショボになってた。頭はしっかりしてるけれど、腰の手術から障がい者となり、作業所で軽作業をしているそうだ。

母親は足腰が痛いにも関わらず、手術もせず、介護認定にも大丈夫大丈夫と答えてしまうそうな。週二回の買い物介助と一週間に一度のデイサービスでお昼ご飯と入浴介助を受けていた。

なかなか帰省は出来ないので、先ずは倉庫の片付け。私の荷物は去年の引越しで全てが失われていた。

額縁の絵もイーゼルも道具も何もかも、赤帽のおじちゃんと、リサイクルショップのおじちゃんに持って行かれていたそうな。

中には役場の職員の指導により、処分されたと良心的に考えたが、どうやら、母親の持ち物もお金に換算されることも無く処分されていたらしく、高齢者狙いの犯罪の一つだろう。

母親はただただ謝っていた。仕方がない。去年の引越しの時は仕事と経済的理由で行けなかったのだから。母親が悪いわけではない。

足腰が弱っていたので、手すりを一つつけ、洗濯場に小さな竿をつけて、洗濯が干しやすく改良した。

玄関の入り口のアコーディオンドアは完全に壊れて、隙間風どころではなかった。ビュービュー。

聞くところによると大工さんや近所の人が治そうとして破壊していた。

たまりかねて、私がカーテンレールを変え、針金を買ってなんとか吊り下げて、改修出来た。

母親は、大家さんには一ヶ月以上前からお願いしていたのに、なおらないとみるや、「温かい服を着込んでください。」だって。

予定よりも時間がかかったけれど、スムーズに開け閉めが出来るようになり、隙間風も入らなくなった。

兄が、大家さんは舐めてるから、私から一言いってくれと言うことで、電話をした。

大家さんは、平謝りだった。

「いくらかかっらしゃったの?」

と言うことで、金具と針金で六百円と答えてしまった私。手作業工賃を頂けばよかったかな。

今回は大人しくしておこうっと。

やはり、高齢の白髪姿は甘く見られるのか。

母親はひたすら感謝していた。

誕生日プレゼントはなかったけれど、作業する一日だった。

昨日博多駅から高速バスで、大阪駅に着き、今は電車の中。もうすぐ彦根市や。

帰ったら、インフルエンザの嫁が待っている。娘たちがなんとか介助と掃除洗濯料理をしてくれた。

なんだ出来るじゃん!。

まあ、いづれは私も高齢になっていくだろう。確実に高齢化問題が押し寄せてくる。

人生を感じさせる帰省であった。

私も白髪が増えてくるかな。ハゲたりしてね。笑顔だけは無くしたくないや。

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昨日の羽犬塚駅前。なんだかシルバーに輝いてるね。