ガラムの香り | すーぴー ゆるふわ のち辛口

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日々雑感を不定期に書いてゆきます。

19の頃、身体をこわし、入院した。

そこで私は、某有名私立大学の教授と知り合いになった。

 

彼は当時、独学でタイ語を習得していた。

面会するスペースの一角にテーブルがあり、そこで万年筆を走らせていた。

私は高校で1年だけ取ったフランス語を教えてもらっていた。

 

大学の研究室には矢野顕子のアルバムすべてが置いてあり、理想の女性はジェーン・フォンダだと言っていた。

 

お互いに退院し、文通をした。

彼は私にあるとき、ギ・ラロッシュのライターをくれた。それが形見になった。

平成に入る前のお話し。

彼の書いた著作を1冊いただいたが、難しくてよく判らなかった。

 

ある時、新宿の紀伊国屋書店へ誘われた。

私も買いたい本があったので、待ち合わせることにした。

「昼はカレーが食いたいなあ」

そう言うのでついていった。

2階のテーブルに落ち着いたとたんに、私は思い出した。

 

「すみません。ちょっと失礼します」そう言って、外のタバコ店へ急いだ。

「ガラム3つください」と言い、千円札を出した。

 

席に戻ると彼はやや不機嫌そうだった。

しかし「お誕生日、おめでとうございます」とガラムを3つ手渡すと、「にこーっ」と笑ってくれた。

彼はチェーンスモーカーでいつもガラムを吸っていた。

 

ある日新聞の死亡欄に彼の訃報が載った。

私は告別式に赴いた。

荼毘に付されている間、やはりひとりで着ていた男性と話をした。

彼に家庭教師をされていたと言う。

ある時、親から簿記の学校へ行くように言われたそうだ。

彼は机の上の簿記の参考書をパラパラとめくり、早速その男性に教えたという。

「あの方は天才です」と男性が行った。

その人と骨を拾うことになったのだが、どういうわけか、人間があぐらをかいているような大事な部分の骨を拾えと係の人に促された。

慎重に骨を拾った。胸が張り裂ける思いだった。

 

それからタバコを吸わないらしいお坊さんにイヤミを言われつつも、

私は彼のためにタバコを1本吸いながら、冥福を祈った。

天才も肺ガンには勝てなかった。

いや、彼なら肺ガンなら上等々々と旅立ったのかもしれない。

ガラムの香りを感じると、いつも彼を思い出す。