昨日は午前中、旦那とお墓参りして
新年会の旦那を駅まで送り届け
我々母子は、パスタ屋さん&買い物へ。
1月上旬に行った崇敬神社参拝時に
待ってる人が多く諦めたパスタ屋さんの別店舗。
みんなでハーフ&ハーフパスタを注文し
私はたらこが苦手なので一皿娘と交換。
そして、先日TVでも取り上げられてたスーパーバロー、
ん?ローカルネタで申し訳ない![]()
八百屋の生フルーツデザート、安い![]()
パスタにフルーツケーキと、糖質三昧でした![]()
せっかく大腸内視鏡カメラで腸が綺麗になったのに
また糖質と脂質だらけにしてしまったわ![]()
昨年10月から続いてた胃の痛みから解放されて
軽い十二指腸潰瘍で、だいぶ治って良かった。
20年前だったか、母が実家のトイレで倒れて救搬された時
胃潰瘍からの出血による極度の貧血だったのよね。
2〜3週間の入院、当時9〜15時までパートだった私、
パート帰宅後軽食を取らせた次女を塾に送り
その足で
名二環から名神に高速乗り継ぎ
毎日、母の病院に通ったっけ。
これはね、同居してた兄と元嫁とのストレスが原因。
その後虚血性大腸炎に腸閉塞、骨粗しょう症による圧迫骨折、
虚血性大腸炎の時は、兄たちは離婚してて、兄は家を出て
同居してた元兄嫁に朝、電話で呼び出されて
ばあちゃんが下血してるけど、私は今から北海道旅行なので
病院に連れて行ってくれる?って、
連れて行ったらクリニックから救急車で総合病院移送。
そこから数週間の断食入院生活、一旦退院後再検査で
腸閉塞が確認され、結局手術となって
この時も毎日病院に通って、洗濯物とかやってたわ。
最終的には腎不全と虚血性心不全で亡くなったけど
大半は兄のことでの心労からの病だと思ってるし、
子どもの教育費で家計がきつい時に
母の入院してる病院への交通費もきつかったなぁ![]()
当時は私もまだ若かったから、できたことだし
当時の週5のパートも1年で、契約更改しなかった。
自分も持病発症して寛解したとはいえどうなるかわからないし
親のこともどうなるかわからない状態で
自分や周りも含め考えて、そこで週5で続けるのは難しいと判断。
結局退院後も頻繁に実家に通うことになったので正解だった。
その後2012年に近くに引っ越して来てもらったんだけどねー
まさかの兄と今嫁同居となったけど![]()
引っ越し後も今嫁は働いてたので、介護は私でした![]()
まぁ〜週6でパートではなく実家へ通い、通院やら入浴やら
そんな日々ももう大半は忘れてしまったけどね・・・
今でこそのんびりし過ぎた日々を送っているけど
2018年までの10年ちょっとは地獄のような日々もあったなー
とにかくストレスなく好きな物が食べれて、これ大事なこと![]()
そういった意味では、義母は突然死だったけど
日々楽しく、美味しいものも食べれて、お金にも困らず
息子たちやその嫁にも恵まれ(これ大事・笑)
生きてる時間ギリギリまで幸せだったと思うし
実際に義母はそう言ってた。
どうしても性格が繊細だとストレスも溜まりやすい。
小さなことにこだわらず、悩んでも仕方がないことに
いちいち悩まず、そこはもう神頼みで![]()
穏やかに過ごすことが、1番健康に良い気がする
