モノを買うとは何んなのか、ニーズと
いう言葉ではあらわせないモノへの
こだわりを纏めた物語です。
第1話 真面目な小児科医が選んだ、ピンクのアメリカ車
人がモノを買う理由は様々です。
しかし、そこにはその商品を使ってしたい“コト”があります。
この物語はたった1回の目的のために
500万の車を購入した小児科の先生
のお話しです。
桜の咲くころ、小学校に入学した子供達
が大きなランドセルを背負って通学して
いる姿は、新しいランドセルが行進して
いるように見えます。
私とこの物語の先生との出会いはこんな
季節のことです。
先生との出会いは私のお客さまでもある
同じ病院の外科の先生からの紹介です。
先生は吉田一夫(仮名)さんといい、
大きな病院の小児科の先生です。
大変穏やかな方で優しい目が印象的な
方でした。
吉田先生の希望はゆったり乗れるアメリカ
車を希望しており、特に運転席と助手席
がつながっている6/4シートとピンク
色の車であることが条件でしたが、希望する車種を聞いた瞬間に、なにか不自然な気がしたことを覚えています。
どう見てもこの先生のイメージとつながりにくかったからです。
その当時のアメリカ車は5m以上あるのが普通で中型車といっても5m30cmもあります。
特に6/4シートの場合は限られており、5m30cm以上の中型車にしかありませんでした。
先生が今乗っている車はトヨタのマークⅡです。
さすがの私も心配になり、「左ハンドル
で5m30cmの車でいいねですか」と確認
すると、先生は穏やかにこう言われました。
「運転は大丈夫ですよ、ただ問題は車庫に入るかどうかなので、一度車を車庫に入れて貰えますか」
これは営業にしてみると「車庫に入れば
買いますよ」といっているバイイングシグ
ナルのようなものですから、さっきまで感じていた小さな疑問などいつの間にか忘れて喜んでいました。
それから数日後、何とか希望通りのチェリーミストというサクランボ色の車を見つけました。
大きさは5m30cmでピンク色のメタリック、ルーフが白のツートンです。
芸能人でもこんな派手な車は乗らない
だろうと思えるような車です。
実物の車を前にすると『本当に先生はこんなド派手な車を乗るのだろいか、という疑問が、改めて湧いてきます。
車庫入れの当日、車を自宅の前に横づけ
すると、住んでいる家の雰囲気とは全く違う車のシルエットに戸惑います。
近所のスーパーにタキシードの正装をして買い物をしている感じです。
いよいよ車庫入れです。
さぁ、ここからが営業の腕の見せどころです。
早速、車庫入れをしてみると、何とか入れられそうですが、横幅がギリギリだなという感覚がよぎります。
こういう予感は当たるもので、やっぱり
入りません。
まさか、車の窓からでいりもならず、
「先生残念ですが車は入りません」
と伝えと。
「いいですよ、他に駐車場を探しますから」と全く信じられない答えが返ってきました。
車庫に入らなければ諦めるのが普通です。
ましてや車庫があるのに他に駐車場を探しまで買うとは考えられません。
戸惑っている私をよそに、先生と奥様は嬉しそうに車を見ています。
よっぽどこの車が気にいったんだなぁ---
と思いながら、営業としてのチャンスは
見逃せません。
お二人の嬉しそうな表情は、
「この車でいいですよ、早き契約しましょう」と言ってるようなものです。
勿論、契約してもらえたのは言うまでもありませ。帰りの車の中で「やった!」と声に出し、叫んでいる自分がいます。
営業は契約が締結されたときが一番嬉しものです。今までの疲れが一瞬で吹っ飛びます。
そして納車の日、取り扱い説明や代金回収も終わり、帰り際に「何かお分かりにならないことがあれぱ直ぐご連絡下さい」と伝えると、先生は笑顔を向けて、
「大丈夫ですよ、暫く乗りませから」と言います。
- - - 暫く乗らない??
新車を納車すれば嬉しくて直ぐにでも車を使うのに。少し気になりましたが会社に戻ったときは達成感と安堵感から、それもすっかり忘れていました。
納車から3ケ月が過ぎた頃。
吉田先生から電話を頂きました。最初はクレームかとビクビクしていましたが、お礼の電話でした。
「いい車をお世話して頂いて、本当にありがとう。娘も大変喜んでいました。娘を乗せてあげられたのは1度だけでしたが、十分に満足したものと思います」
私はその詳しい意味も分からないまま、
「お嬢様が喜んでくれたらお世話した甲斐がありました」とお答えすると、先生はいつもの穏やかな優しい声で、「本当にこの車を買ってよかった」と言われました。
自分なりにいい車をお世話できた喜びを感じていましたが、
- - - なぜ今頃お礼の電話なのだろう??
そのときはこれだけのやり取りでしたが、後日紹介をしてくれた先生から驚愕の事実を知らされました。
吉田先生には6歳になるお嬢さんがいて、半年前から病院に入院すていたこと。
そのお嬢様さをは小児癌で助かる見込みがなかったこと。
小児科医である吉田先生は、娘に残さた命があとどれぐらいであるかを知ったうえで、最後の娘との思い出作りにこの車を
買ったこと。
ピンク色はお嬢さんの好きな色で、お嬢さんの希望した色だったこと。
そしてアメリカ車の大きな6/4シートは、起きられない娘を隣に寝かせて、
ドライブするためだったということでした。
私は驚きました!
まったく知りませんでした!
吉田先生も一度たりとも、そのことは口にしませんでした。
営業として小さな疑問があったにしても、車を決めたときのあの穏やかなご夫婦の笑顔からそんな事実などまったく想像すらできなかったのです。
結局、吉田先生は残念ながら命があるときに、お嬢さんを車に乗せてドライブすることはできなかったそうです。
でも。たった1度だけ。
お嬢さんの好きだったピンク色の、あのアメリカ車の助手席にお嬢様さんのご遺体を乗せて、病院から自宅まで帰ったそうです。
運転席に先生が座り、助手席に奥様と娘さんを乗せ、病院から自宅までのほんの30分の道程ですが、それがお嬢さんを乗せた家族3人の最初で最後のドライブだったのです。
この30分のドライブで先生はお嬢さんとどんな話をしたのでしょうか?
先生はどんな思いで、あの車を運転したのでしょうか?
そこから、どんな景色が見られたのでしょうか?
先生、本当にこのピンクの車に乗れてよかったのですか?
本当にそれで幸せだったのですか?
自分も子供を持つ親になった今、その時の先生の気持ちをあの頃とは違った思いで考えられるようになったような気がします。
私には聞こえます。
「パパ、ありがとう!」
というお嬢さんの声が - - -
最後まで読んでくれてありがとう!


