もう少しでこの漠然とした理想が形になりそうだ。
そうだ、気づきを与えてくれた子は他にもいる。
何も持たずに、何も疑わずに懐に飛び込んできたとき。
その時、その存在が尊く愛しいものに感じなかったか?
そういう子だからこそ、心を開けたのではないか?
一緒に笑い合える日々が、どれだけ幸福だったか。
様々な人の思惑が錯綜する中で、お互いに心を許し、
本当の自分自身でいられた時間は、そこにあったのではないか?
安っぽい馴れ合いや傷の舐め合いのように見えて、
それは言葉にできない何かを、埋めるものではなかったか?
皮肉なことに、手に入れて、失ったもの。
ただ、生活が変わっただけに過ぎない。
会おうと思えばいつでも会える。
それでも、少しだけ遠ざかったもの。
なぜこんなにも乾くのか。
なぜ些細な事に胸を打たれてしまうのか。
なぜ今の日常がつまらないと感じるのか。
心が枯れていたのだ。
そして残念なことに、それが必要とされない日々を送っている。
タスク、責任、役割、義務。
目的、目標、進捗、数値。
まるで、心などその『飾り』のようだ。
あってもなくても構わない。
あればいいけどなくてもいい。
なくても、誰も、何も言わない。
そして、それに慣れていく。
恐ろしいほど、順応していく。
それでいいと思っていた。
でもそれは間違いだった。
では私が心無く動いていたかというとそうではない。
ただ、心のままに動くわけにはいかない。
だから心は檻に入れ客観視させた。
その距離感だからこそできることもある。
だからそれでいいと思っていたのに。