映画「ジュピター」を見て。自覚を持つことが人生を変える
久しぶりにブログを更新します。
あの、「マトリックスシリーズ」の監督であるラナ&アンディ・ウォシャウスキー姉弟が脚本・監督を務めるという映画なので見に行ってきました。
この「ジュピター」を見て感じたことを書いていきますね。
ここから【ネタバレ注意】
ストーリーとすれば
主人公ジュピターが母親のお腹にいるときに、自宅が強盗に襲われ父が死亡。
そこから人間不信に陥った母親が、ロシアからアメリカに逃げる船内でジュピターを産み
現在は親戚一族で、早朝から深夜まで掃除婦を毎日毎日、繰り返して疲れ果てている。
星占いで調べると、高貴な産まれなのに、そこには真反対の現実、ある意味自分の運命を呪い、そこから諦めている主人公。
そして、そんな日常から全く離れた異星のシーン
そこには、宇宙を支配している王家の3人の兄弟姉妹。
その長兄が支配している地球を巡って、弟と妹が策略を練る。
その長兄が地球に住む一人の女性の命を狙う。
その女性がジュピター。
実はジュピターは、王家の3兄弟の母と全く同じ遺伝子を持つ生まれ変わりの存在。
そのジュピターが3兄弟の女王として君臨するのを避けるために、3兄弟が骨肉の争いを繰り返し、ジュピターの命を狙うという筋。
遺伝子が同じであれば、同じ存在として認められるという、新時代のダライ・ラマのような話。
地球が、太古の昔に王族によって入植され、人間を飼育しているという設定。
人口増加で、もう地球に人間が溢れかえっている今こそ“収穫”しようとしている。
彼らの不老不死を実現するための、細胞を得るための手段として人間を飼育している。
ある意味、この3兄弟は、地球の利権をめぐり争っているのだ。
マトリックスと同じ、人間がエネルギー体として搾取される設定と
妙に戦闘シーンが長いのもよく似ている。
見ていて面白いのが、
王家の3兄弟が、遺伝子が同じであれば、存在として認めるというルールがありながら、ある意味無視しているという点。
どこかで別人であるジュピターを母とわかっていながらも、殺すということで否定しているである。
長兄は、過去に実の母親も殺して、また殺そうとしているである。
歴史は繰り返すというか、同じパターンを繰り返しているのです。
長兄がジュピターを殺そうとした際に、以前に母を殺そうとした時に母は
「私を殺して」と叫んでいたというセリフがあるのだが、
遺伝子には記憶が内蔵されているということを暗に伝えたいのかなとも思った。
物語はハッピーエンディングを迎え、ジュピターは、地球に戻り、元の掃除婦の生活に戻るのだが、朝は起きれない、仕事が遅いという過去から、家族よりも先に起きて食事の支度をし、仕事もテキパキやるように変容している。
これは、宇宙の女王であり、地球の支配者という自覚がそうさせているのだ。
自覚が何よりも、人生を変えるということをこの映画が言いたいことなのでしょう。
これも「マトリックス」と同じですね。