“言える”“言えない”というジャッジ自体に抵抗感を持っている
昨日、“CR ENTER THE MATRIX”のコマーシャルのことを
書きましたが、今日違うバージョンのを見ましたが、
蕎麦屋バージョンが面白いですね。
コメントも意外といただけて良かったです。
今日は通常バージョンで!
今朝、そこまで言わなくてもいいだろうというシーンに出くわした。
それも本人を目の前にして。
あっ、別に私が何か言われたんではないですよ。
まあ、ズケズケ言えるというのを見たわけですが、
そういうのに抵抗感あるんですね、まだ。
そうしていると、今度は自分に向かって、
違う人から言われる。
別にどうってことない言葉なんですが、
思った事をさっと言える事にちょっとした
憧れを持っていることに気づいた。
言わないのが良い。
言っても無駄。
正直に言って、機嫌が悪くされるのが嫌。
そういうものを自分の中に持っているから。
でも、面白いんですが、
ずばり言えることに抵抗感と憧れを持っているのに、
また反面、
陰口を叩く、はっきり面と向かって言えないことに
対しても、嫌悪感を抱くんですね。
まるっきり“言えない”自分を見てるからなんですが、
“言えない”ことにも“言える”ことにも嫌悪感というか
抵抗感を持っているということ。
どっちにしても、抵抗感を持つんですね。
ただ、そのときの自分との関係性で。
もっというと、この“言う”“言えない”というジャッジに
対して抵抗感を持っているということ。
そんなことが解れば、このジャッジしていること自体が
馬鹿らしく感じる。
なので、最近言う自分を意識して暮らしている。
他人にはっきり言えないことは、自分に対しても言えないという
フラストレーションを溜めて生きているということ。
自分の中にどちらもあるというバランスを自覚して生きている。
いつも、応援のクリックありがとうございます

自分を知りたいと思うのなら、こちらをクリック!!
これを読めば運命の人と出会えます!
《人生をやり直したいと思ったら、このバナーをクリック!》

書きましたが、今日違うバージョンのを見ましたが、
蕎麦屋バージョンが面白いですね。
コメントも意外といただけて良かったです。
今日は通常バージョンで!
今朝、そこまで言わなくてもいいだろうというシーンに出くわした。
それも本人を目の前にして。
あっ、別に私が何か言われたんではないですよ。
まあ、ズケズケ言えるというのを見たわけですが、
そういうのに抵抗感あるんですね、まだ。
そうしていると、今度は自分に向かって、
違う人から言われる。
別にどうってことない言葉なんですが、
思った事をさっと言える事にちょっとした
憧れを持っていることに気づいた。
言わないのが良い。
言っても無駄。
正直に言って、機嫌が悪くされるのが嫌。
そういうものを自分の中に持っているから。
でも、面白いんですが、
ずばり言えることに抵抗感と憧れを持っているのに、
また反面、
陰口を叩く、はっきり面と向かって言えないことに
対しても、嫌悪感を抱くんですね。
まるっきり“言えない”自分を見てるからなんですが、
“言えない”ことにも“言える”ことにも嫌悪感というか
抵抗感を持っているということ。
どっちにしても、抵抗感を持つんですね。
ただ、そのときの自分との関係性で。
もっというと、この“言う”“言えない”というジャッジに
対して抵抗感を持っているということ。
そんなことが解れば、このジャッジしていること自体が
馬鹿らしく感じる。
なので、最近言う自分を意識して暮らしている。
他人にはっきり言えないことは、自分に対しても言えないという
フラストレーションを溜めて生きているということ。
自分の中にどちらもあるというバランスを自覚して生きている。
いつも、応援のクリックありがとうございます
自分を知りたいと思うのなら、こちらをクリック!!
これを読めば運命の人と出会えます!
《人生をやり直したいと思ったら、このバナーをクリック!》
