母の最期の供養
一昨日に清荒神に行きました。
先週の月曜に、売却した実家の台所に残っていた神棚に
飾られていたお社とお札を返しにです。
先週はそのお社にあった蛭子さんと、信仰していた宗教のお札は
返し終わっていた。
清荒神に行くのは子供の頃以来。
その頃は、祭りの出店に売ってある“外郎(ういろう)”が好きで
買ってもらうのを楽しみにしていた。
当然、昨日は祭りも何も無く、閉まる直前に行ったので、
その頃の面影は何も無し。
母は脳梗塞で倒れて、痴呆が出てきた頃にも、
御祭りの心配ばかり口にしていた位信心深かった。
そういう意味で今回のお社、お札を返しにいったのは、
母の最期の供養と思い行ってきました。
ようやく、きっちり終わった気がします。
まあ、母は一生私の中で生きていますしね。
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