子どもが何さいにな ろうと心配するのが、親心。
だとしたら
子どもが何さいになろうと責任をかぶるのも親?
親と子は別人格であるならば
責任の所在も別?
でも思い出しちゃうよね、つながっちゃうよね。
傷つけたほうも傷つけられたほうも 『関係者』 が
一番かわいそうなのかな。
( 順番をつけたらばおかしなことになるけども )
当事者は我が事として乗り越える。
関係者は当事者によって対応を考えなくてはいけない。
知ったような口を利く、自称 『関係者』 は野次馬だから
消えてなくなればいいし
どうなっても勝手だけど、
本当の関係者は理不尽な扱いを受けることなく暮らせたらいいな。
分けて考えることができるかな。
私は袈裟まで憎くなってしまうけれど・・・
その判断をするのは私ではないのよね。
