電話は、突然だった。
短い言葉だけが、耳に残った。
「彼、逮捕されたって」
理由を聞く前に、頭が真っ白になった。
音が遠くなり、視界が歪み、体の感覚が急に薄れていく。
そのまま私は、自分で立っていられなくなった。
かかりつけの心療内科に相談に行き、そのまま入院が決まった。
ショックによるものだった。
突然の日常の断絶に、心も体も、もう耐えられない状態だった。
子どもたちのことは、親戚に頼んだ。
私が入院する以上、それしか選択肢はなかった。
説明する時間も、
気持ちを整理する余裕もなかった。
彼にかけられた罪は、冤罪だった。
それでもそれは、「事実」として処理されていった。
仕掛けたのは、彼に思いを寄せていた、私の友人だった。
思い返せば、その違和感はずっと前からあった。
態度や立ち振る舞い、距離の取り方や視線の向け方。
女の勘、としか言いようのない感覚だった。
一度だけ、私は彼に聞いたことがある。
「〇〇ちゃんって、
〇〇君のこと好きだと思う。
〇〇君は、どう思ってるの?」
彼の答えは、はっきりしていた。
「冗談だろ?
俺にも選ぶ権利がある。
あの人は、絶対に無理や」
迷いも、含みもなかった。
だから私は、それ以上、何も言わなかった。
彼の身内が、簡単に関わっていい存在ではないことも、実はもっと前から知っていた。
再会して、彼が私を守ってくれた時から、その空気はすでに感じていた。
一緒にいた友達からも、彼の親や兄についての話は聞いていたし、それが誇張でも冗談でもないことも、わかっていた。
彼自身も、常日頃からこう言っていた。
「俺の親と兄は、
人生において関わるべき存在じゃない」
冗談のように笑いながら、でもどこか本気の声で、こんな言葉も残している。
「親と兄が死ねば、結婚できるのに。
苦労かけてごめんな」
さらに、
「まだヤクザの方が話がわかる。
あいつらは、ヤクザよりタチが悪い」
とも言っていた。
その時の私は、深く意味を考えなかった。
重たい言葉だとも思わず、ただ彼の事情の一部として受け止めていただけだった。
あとから思い出したことがある。
彼と付き合い始めたばかりの頃、友人の付き添いで、有名な占い師のもとへ行った。
軽いノリで、私も占ってもらった。
その人はこう言った。
「ちゃんと同棲はできる。
幸せな生活は続く。
ただし一つだけ気をつけなさい。
彼の身内に知られたら、この関係は終わる。
知られなければ、続くだろう」
その時は、何も気に留めなかった。
でも今ならわかる。
当たっていたのだ。
その出来事は、彼の両親や兄の耳にも入った。
知られた瞬間、私たちは「守られる関係」ではなくなった。
引き裂かれる流れは、止めようのない速さで進んでいった。
退院の日、父親が迎えに来てくれた。
病院を出る時、私はまだ、泣けなかった。
言葉も、感情も、どこか遠くに置き去りにしたままだった。
家に着き、ドアを開けた。
部屋は、静まり返っていた。
なくなっていたのは、彼の持ち物だけだった。
生活は残っていた。
私と子どもたちの服、日用品、いつもの配置のままの部屋。
畳まれていたのは、私と子どもたちの洗濯物だった。
冷蔵庫を開けると、いつも一緒に飲んでいたペットボトルが、一本だけ残されていた。
それを見た瞬間、胸の奥で、何かが切れた。
私はその場に立ち尽くし、大声で泣き崩れた。
言葉は、ひとつも出なかった。
父親は何も言わず、ただ一緒に、そこにいてくれた。
ここで、私たちの「普通の生活」は終わったのだと。
誰かに説明される前に、体が先に理解していた。