親切なアメリカの警官との出会い


 

 

アメリカの牧場に引っ越して、直ぐの頃だったと思う。


前に書いたヤギを積んだ小型のトラックの荷台程の大きさのトレーラーに干し草を一杯積んで家に帰ろうとしていた時、車の通りもほとんどない道であったけれど、トレーラーのタイヤがパンクしてしまった。干し草を積みすぎたようだった。

 

ところが、トレーラーのスペアタイヤがよりによってはずしてあって無い。トレーラーを置いたままにして、家に帰って戻った。


道にトレーラーを置くのは違法であるはずと思って、嫌な予感はしていた。

案の定、トレーラーに戻って見ると、そばにパトカーが止まっていて、例の赤い緊急ランプがクルクルと回っている。警官がパトカーの外に出ていてトレーラーをチェックしている。


アー、アー、罰金かな?と覚悟して車から降りて警官の傍へ行く。済みませんでした、トレーラーがパンクして、スペアタイヤをとりに行っていました。と告げた。


警官曰く、そう思った。何か手伝うことは無いか、と言う意味に私の貧弱な英語の耳は聞き取った。

ところが、この私の答えはどこかがおかしかったようだった。おそらくは、その警官の親切心を示す、非常に丁寧な表現になったのを聞き間違えた上に、そ質問の形で示された警官の申し出に対する私の答えまでが逆になっていたのだろうと後で想像した。


警官は分かったと答えて、私に手伝う気になっている。自分の不注意で起こったことなのに、勤務中の警官にまで手伝わせる訳にはいかない。慌てて、いえいえ、と制止したのですけど、いかんせん、こういう場合に、丁寧な英語がすらすら出てくればいいのですが、悲しいことに出来ない。相手の親切な心に答えるに十分な表現がわからない。

親切な警官が立ち去った後で、貧弱な英語力のおかげで、自分の感謝の気持ちが半分も伝わってはいなかっただろう、と残念な思いが今だに残っているのです。


警察官も市民の一人で、他の人と同じように、社会の中で、自分の役割を果たしている。しかし、困った時は警察官を超えて、人と人の助け合いというところなのでしょう。