日本とは違ったカナダの話
カナダと聞けば、聞いただけで寒くなる国の印象があります。確かに寒いですねー。
日本から来られる人がまず初めに驚かれるのは、カナダ人は耳の無い人が多いということでしょうか。
よく言いますよね、”耳がちぎれるほど寒いって“、、これ冗談ですけど、本当に寒いですよ。先日は零下十何度です。これだと体感温度はマイナス二十何度にもなって、冷凍庫も真っ青になる程の寒さでした。
日本などで1度か、2度程度で、今夜は冷え込むでしょう。と予報はなるでしょうけれど、それだとこちらでは熱中症の注意報が出ると思います。これはちょっと大げさな言い方でしたけれど、そのくらいだと半袖とかノースリーブの目立ちがり屋さんの女性が見かけたりもします。
けれどカナダに慣れたせいか、そんな寒さでも“さて、犬の散歩に行ってくるかな、と出かけるのです。
路面は凍り付いて、犬は4本足の4輪駆動なので一本が滑っても残りの足で支えられますけど、人間は悲しいことにそうはいきません。一本が滑ればただでは済みませんから慎重に進みます。冷凍庫の中よりも寒い中を散歩しているようなもので、日によっては帰るまでに鼻から口まで凍えてしまい皮膚の感覚が鈍くなり。
鼻水が出ても分かりにくくなります。人の鼻水が出ているのを笑えません。自分も出ているかも知れないのです。
話が変わりますが、ある女子大学生がアイスクリーム店でアルバイトをしたのです。インド人のお客さんが来店して注文をするのですが、マクドナルド店みたいなもので、忙しい時にてきぱきと受け答えをしなくては仕事に支障をきたすので、仕事にスピードが乗り、自然にミスが出やすくなる。そのようなことは承知の上なので。ミスを防ぐために注文一つ、一つを注意深く確認をしている。
インド系の人達と言うから、パキスタンの人も同じだろうと思うけれど、この人たちの注文がとりわけ神経を使うらしい。
なぜかと言うと、はい、と いいえ、つまりYes, と No の身振りがまるで普通とは逆なのだそうだ。彼らは、ハイに対して首を横に振る。いいえに対しては縦に首をうなづく。
注文を間違えないように、店員は確認をしながら注文をとる。その時が問題なのだ。
例えば、バニラですね。と注文を確認すると、彼らは首を横にふる。これでインド人は、“そうです”のつもりだ。
しかし店員は首を横に振るから違うのかと思ってまた聞くとまた首を横にふる。その注文が正しいのかそれとも違うのか、確認をしようとすればするほど、分からなくなってくる。
カナダではへたに国籍などを聞けない。人種差別はここでは犯罪で、警察が飛んできて逮捕されてしまう。初めからインド人と分かれば、それなりに対処のしようもあるが初めは他の人達と同じように対処してしまうから、ややこしくなってしまう。
いろいろ文化の違いがあるのですが、ある大学教授の話です。数学試験の最中にインド人学生が手をあげる。何か質問かと思って行くと、質問ではなくて、自分の答がこれで良いのかと聞いてくる。
そこで教授がこれは試験だからあなたの質問には答えられないと丁寧に説明して終わる。学生が納得したかと思うと、説明の終わった途端に、またこれで良いのかと全く同じことを聞いてくる。振り出しに戻る訳です。これでは先ほどの説明は何だったのか。こんな例がいくつもあるそうだ。
同じ教授の話です。数学試験中にヒソヒソと話し声が聞こえる。よくあるカンニングです。注意すると
インド語でお祈りをしていたんだ。という答えが返ってくるのです。![]()
カナダはいろいろな国の人々が住んでいるので、日本とは違ったいろいろな文化があります。
ある国の人間が他の国籍の姓名だけを見たのではその名前があらわす男女の区別もわからない。
ある時など、男子学生の代わりに優秀な女子学生が初めからクラスに身代わりとして出席して試験も受けていた例などもあります。
中には苗字がなく名前だけしかない人もいます。もっともこちらでは大抵は名前で呼びますが、また同じ実の家族メンバーでありながら、全員が全て違った苗字を持っている例もあります。好きな苗字をそれぞれが名乗っていると言うわけです。
もう亡くなった岡本太郎さんという芸術家が名前なんて無い方がいい、って言ってたそうですが、考えるとそうかも知れないなぁ、と思ったりもします。
日本でも名前のために昔は命まで失くした人達がいたと思いますが、国が違えばそういった価値観が全くない国もあるのです。人間死ねば、一体、価値あるものとして、何が真に残るのでしょうかね。
下は初めての自家製手乗り文鳥
