札幌は当時就職難だったのか、1回の企業説明会で50人は面接に来ました
どこの支店も採用で苦労するのに、札幌は本当に素晴らしい!
事務員3名と営業社員24名採用し、支店運営をスタートさせました。
元妻も札幌から一緒に住むようになりました。
当時私は26歳でした。
支店運営も、若くてやる気満々の私は常に数字が出ないと怒りまくっていたので、机を蹴ったりホワイトボード倒したり、ゴミ箱投げたり、、大変でした笑
数字未達成の社員のロッカーには赤字社員と紙を張り出したり
ただ、社員には丁寧に仕事を教えていました
私自身は優しい支店長だと思っていましたが、他の支店の人間から札幌は軍隊だって言われていましたし、社員からは後で怖かったと言われたので、優しくなかったみたいです
その甲斐あってか、市場も良かったのもあって、貸付はどんどん伸びていき、全国1位の新規貸付件数を新店舗で、しかも26歳の最年少支店長が達成することが出来ました
私はさらに調子に乗り、昔闇金で貯めたお金は毎晩部下を引き連れてススキノにいき、半年でなくなりました
でもその先行投資のおかげで営業成績がいいと私のようになれると思った社員はどんどん数字をあげるようになっていきました
そんな時、家には毎日12時には遅くても帰っていたのですが、元妻の様子がおかしくなりした、、
夜奇声を発したり、、
いきなり泣き出したり、、
何か黒い影が見えるとしきりに言ったり、、
鬱病でした
転勤の寂しさと、キャバクラ自体が浮気と思っていた彼女は、私が社員を引き連れてススキノに飲みに行ってるのが嫌だったのもあって、鬱病になってしまいました
私は罪悪感に襲われました、、、
ここからが大変でした

