彼は島にむかった
太平洋戦争開戦のさなかだ
彼は島を占領した
とあるフィリピン諸島の島だ
彼は島のためにつくしたとされて、その島の長となったのだ
これがいわゆる天国に一番近い島

山中さんは階級は不明だけれど、中野学校の出身の人だったと伝えられているのです
スパイとして、開戦前の1940年にとある島にもぐりこんだようです
彼は親切な農業の指導員として尊重されました

開戦になって、南方資源地帯を日本軍が占領していったのです
そのときにスパイとしての手腕を発揮したそうです

フィリピンのマニラに着任してから、ふと、その島に戻るときがありました
一度もどったときは敵視されて無視されたようです

二度もどったときが運命の分かれ目でした
足を戦場で負傷した山中さんは足をひきずるようになったのです
終戦間近になって、山中さんはその島にいかなければならないときがありました
伝染病が蔓延しはじめたので、少ない医療だけでも島にとどけようとしたのです
そののちに米軍が進駐して、フィリピンを奪還

なぜか山中さんだけはその島の大統領となったそうです
名前をかえて米軍から隠れて山中という人物は消滅しましたが、いまだに伝承としてのこっているそうです
島の人たちから軍隊と比較されて、戦時になって回復福祉に特別に貢献した人が英雄としてあつかわれる

他人を殺すことよりも高く評価されてしまうという皮肉な話です
マッカーサー元帥いわく、「いわゆるひとつの奇跡」
戦争の最後にほめられるのは、病人と看護婦だったという略です
山中さんは戦犯として逮捕はされませんでした。逆に日本軍からは医薬品泥棒としておわれたのです
ここからの記述だとわかりませんが、フィリピンで日本軍が玉砕するときに医薬品をもって山中さんだけ逃げて島へいけと上司が指図したそうです
全員ここで死ぬけれど、日本軍から医薬品泥棒した犯人というならば米軍も見逃すといったらしいです
よって公式記録だと泥棒なわけです
大東亜共栄圏という西洋外国からの植民地支配から解放するという名目のもとに戦った上司が最後にフィリピンにのこしていくものでした
脱走兵も島にたどりついて、天国の島といわれたそうです
ジョナサン・ウェーンライト少将いわく、「ただ嫉妬である・・・。ひたすら嫉妬だった」
うらやましくて嫉妬してしまったと失言
それが真相のようです

誰が結局最後にのこったのか?
戦時中に東南アジアで一番医療にめぐまれた島を人は天国に一番近い島といったのです
喧嘩しても結局、強い人が残るわけではなく、回復をめざした人が偉いといわれるという戒めですね

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