空気が一気に冷たくなりましたね。
秋や冬の、冷たく澄んだ空気のにおいが好きです。
子どもの頃の心にもどって、背筋が伸びるような感じ。
秋といえば思い出すのが、大学3年次、夏休みの終わりに一人で訪れた青森旅。
東京から新幹線に乗って、弘前で在来線に乗り換え。
車窓から見る津軽富士。
どんどん人の少なくなってゆく車内。
着いたのが夕方だったので、
駅に降り立つとすでに空気がひんやりと夜をふくんでいました。
何を隠そう、そのときわたしは太宰治に熱をあげていたのです。
今でもファンで、今のところ人生に一番の影響を与えた作家だと言えます。
なぜファンになったのかは次にとっておくとして、太宰治は青森県出身です。
生家である立派なお屋敷は今も保存されていて、実際に見学することができます。
太宰治が育ったまちをこの目で見たい、歩いたまちを自分も歩きたい、
そう思って半ば衝動的に一人分のチケットとホテルをとり、20歳のわたしは旅に出たのでした。
覚えているのは、とにかく寒かったということ。
日が暮れた夕方は冷え込むのが早く、急いで見どころをまわったわたしは
その後の夕飯のお店を探すのにも手間取った記憶があります。
なんせ金木町だからね。お店が全然ない。弘前とかならまだしも。
そこでさらに衝撃を受けたのが津軽弁。
夜ご飯と暖をとりたくてやっと入ったレストランで、
高校生くらいの女の子がウェイトレスのアルバイトをしていたんです。
「お飲み物は?」
もう、たったこれだけのセリフが、圧倒的に津軽弁。
自分とあまり歳の変わらない子が、しっかり津軽弁で話している。
敬語なのに。現代なのに。
その方言濃度にわたしはびっくりしつつも嬉しくもあり、感動していました。
ここは本当に本州のはじっこ、北の果てなんだな~
わたしもここで育っていたらどんな20歳になっていただろう。
東京の大学に出ていただろうか。青森を出たいと思っただろうか。
なんて妄想を巡らせつつ。
金木町を堪能した翌日、特にすることもなかったので
弘前城を観光することに決めました。
城内は意外とだだっ広くて、ひとりもくもくと歩く自分の足音が
とても寂しかったのを覚えています。
青森は寂しく寒い北のまち。
でも不思議と愛おしい。
過去にタイムスリップして、太宰治と話すことができたら
津軽弁を聞いてみたいな、と思います。
きっと津軽弁を大好きになります。
ま、おしゃれさんだった彼は嫌がるかもしれないですけどね。
それでは👋