努力の意味
今日は暑苦しい内容です。
今の自分への激励の意味もこめて書きます。
私は大学時代にダンスをやっているときに、後輩や他人によく自分にも他人にも厳しいと言われていました。
「○○も頑張っているのにその言い方はひどい!」
20歳を超えてからこのような事をはじめて言われました。
上記のような言葉を言ったことのある人、言われたことのある人、多数いるかと思います。
ただ、私が思いますに本当に頑張っているのか、という点をこのようなことを言う前に考えてもらいたいと思います。
まず、自分がたいした努力をしていないのに、ただ単純に何かをしている人に文句を言っている人は、問題外とします。
実際に私は前述のようなことを言われるようになったのは学生のダンスの競技会で真剣に勝ちたいと思って練習するようになってからでした。
真剣に練習するようになってから、中学、高校時代の部活への取り組み方は甘かったことに気づくことができました。
仏教の教えの中に八正道と言う言葉があります。
その中のひとつに正精進という言葉があります。
意味は正しい努力という意味です。(私の個人的な解釈も混ざっていますが・・・)
これは、すごくうまいことを言っていると思います。ただ、努力が大事というのではなく正しい努力が大事といっているのです。
たとえば、野球の練習でとりあえず素振り1000回やった人いるとします。
ただ、カーブの打ち方を意識したり、苦手コースを意識したり色々考えながら1000回素振りをした人がそれを見たときに、ただ1000回素振りをした人を本当に努力したと思えるでしょうか。
私が、後輩に教えるときによく使った例えを紹介させていただきます。
たとえば車の運転をうまくなりたいと思ったとき。
ひたすら、安全運転をして、100時間運転した人と、F1ドライバーを目指して20時間運転した人とどちらがうまくなるか。
こんなことをよく後輩に言っていました。
最大限のスピードでコーナーを攻めるような気持ちで常に練習しろと。「練習なんだから常に失敗と成功との狭間でとりくめ、成功する範囲内、失敗をごまかすような演技は本番以外にはやるな」というようなことをよく言っていたと思います。
なにかをやろうとしたら、ただやるのではなく、常に何かしら自分の限界に挑まないと成長できないはずなんです。(少なくとも普通の人は・・・天才系の人はさくっと超えていったりするから困るのですが・・・)
F1ドライバーを目指して運転の練習をしている人は、一生懸命に一般道で安全運転している人を見て、一生懸命努力しているとは思えないでしょう。(目的にもよりますが、あくまで例えとして)
本当に真剣にやっている人から見ると、本当の意味で努力をすればできるラインというものがある程度見えます。(人によってはそれがすごく理不尽なラインになりますが、少なくとも何も考えていない人よりはわかるはず)
ただ、頑張っているのにと思うのは甘えだと思います。
昔ダンスにかけた情熱の半分でいいから仕事に向けられないかと真剣に考えている人間の言葉です。
微妙な内容ですがこのへんで・・・
思ったこと
頑張れ!自分・・・