#2 注目
「えー、今日から君達1年3組の担当をすることになった山内です。担当は数学だ。独身26歳いつでも彼女募集中だ!みんなよろしくな!」
呆れた顔で隣の席の明日香が、にやけながら玖水に耳打ちする。
「(ねえ、この先生変だね)」
「(ほんと。先生とは思えない適当な人だね)」
「あーそれから、部活は一応、陸上部担当だ。」
(!)玖水の顔色がまた一瞬、変わる。
「もっとも俺は、走れって言われたら10mも走らねえうちに足がもつれてズッコケるよーな
素人中のドシロウトなんだがな!よって、陸上部に入部する者は、期待しないよーにな!」
再び、明日香が耳打ちしてくる。
「(ゲー私陸上部入ろうと思ってたのに~(涙)、
これ、、、入るのやめたほうがいいかな?ショック~・・・)」
――――――――――――――――前日――――――――――――――――
「えーなになに、三井玖水、1994年2月14日生まれ。山形県酒上第2小学校出身、
Jr.オリンピック小学生の部・走り幅跳び第1位、全国小学生記録保持者、か・・・
大したもんだねぇ・・・」
新入生担当用の書類を見つめてため息をついたのは、陸上部顧問の山内浩二だった。
「山内先生、こりゃあ責任重大ですよ。校長先生そうとう彼女には期待してるみたいですから(笑)」
「マジっすかーいやぁこりゃ参ったな・・・私陸上なんててんでダメでしてね。
もう大学時代なんて体育が嫌で嫌で。何せ100m走クラスで一番遅かったんですから。
何でこんな奴が陸上部顧問なんでしょうかね、わっはっはっは!」
山内、バカ笑いと同時に書類を一瞥し、ニヤリとする。
しかしその書類に一通り目を通した後、一転、突如厳しい表情に変わる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
(そうか、こいつが三井か・・・まあ、確かにいかにも跳びそうな奴だな・・・)
山内だけは、平然を装っていた玖水がわずかに顔を曇らせたのを、見逃さなかった。
玖水は、なんと小学生だった昨年の秋、
走り幅跳びで5m30cmというとてつもない小学生記録を打ち立てた。
これは同年度の中学生ランキングでも20位に相当する驚異の記録である。
・・・だが、玖水は中学でも陸上をやろうという気にはなれなかった。
それには訳があった。
(どうして、私なんかが全国大会で優勝できるの?なぜ、順位をつけるの?
私には、何が良いことなのかちっともわからないというのに・・・)
「・・井!三井!三井玖水!おらんのか?おいそこのでかいの!お前三井じゃねーのか?
クミじゃないのなら、クミズか?ん?」
「あ・・・はい、すいません!私です。でかい三井は私です。クミでいいです。あってます!」
張り詰めていた教室の緊張が解き放たれ、どっと笑いが起こる。
「ったく、しょうがねえなあ三井。お前、上級生みたいに落ち着いてるくせに、
入学早々俺の話をシカトとは、いい度胸だな!なかなかの大物っぷりだな。わはは!」
玖水、赤くなりながら明日香に目くばせする。
その時だった。
「おい、お前らついでだから教えてやる。
この三井な、お前等驚くなよ、こいつは走り幅跳びの小学生記録保持者なんだ。
おい男子、お前等たぶん三井に勝てる奴一人もいないぞ。
こいつと幅跳びの勝負はするなよ!自信なくすからな(笑)、がはは!」
ザワ・・・
おい、マジ・・・?
何それ・・・すげーな・・・全国一かよ・・・
玖水は教室中の視線を一気に浴びる。
「ちょっと、玖水、いや、ゴメン三井さん、それマジなの?さっきは何も言わなかったじゃん!」
「あ・・・うん、ごめんね、あれは本当なの。
自分から言い出すのもなんだかなと思って。確かに私、小学生記録出したの。去年ね。
あ、それより名前だけど、友達も玖水って言ってくれてたから、クミでいいよ。」
(あーあ・・・いきなりバレちゃったか・・・先生ひどいなあ、、、黙ってようと思ったのに。
私は、もう陸上なんてやらないつもりなんだけどな・・・)
#3 驚愕 に続く
#1 陸上部
「ですから、あー・・・今日から、皆さんは、、、中学生と言う自覚を持ってですね、
勉学に、スポーツにと素晴らしい青春の1ページを切り開いて・・・」
「なぁ、オイ、タカシ、あの子ちょっといい感じじゃね?あの子うちのクラスだよな?」
「んー?あぁ・・・そう?なんかフケてね?ってか、俺らよりデケェんじゃん
一体何cmあるんだよアイツ?」
全く興味無し、という高志の視線の先には、ぱっと見明らかに中学1年生とは思えない
ちょっと大人びた風貌の女の子の姿があった。
ただなんとなく、「ここらでは見かけない顔だな・・・引っ越してきたのか?」と、
高志の脳裏に少しだけ、彼女が刻み込まれた。
愛知県名古屋市、鞘山中学校。
何の変哲も無いどこにでもある普通の公立中学校である。
今年もまた、どこにでもいる新1年生が、どこにでもありそうな普通の入学式に集まってきた。
―――――――ただ一人を除いて。
「1年3組・・・と。ここか。やっと見つけたわ・・・疲れた・・・」
玖水が教室に入ろうとしたその時。
「ねぇねぇあなた大きいねー!身長いくつあるの?
っといけない、いきなりごめんね。私中野明日香。よろしくね!」
一瞬、思わずポカーンとする玖水。
さすがに入学まもなく誰も知り合いのいないところで、
一方的に話しかけられては、驚くのも無理はない。
少し落ち着きを取り戻して、玖水が切り出す。
「あっ・・・はじめまして、こちらこそごめんなさい。
三井玖水です。中野さんね。同じクラスなんだ、これからよろしくね。」
「あは、三井さんぱっと見ちょっと冷たそうな印象だったのに
さっきのびっくりした顔、ギャップが激しくてちょっと親近感!
でもほんとに大きいよね、身長一体いくつあるの??」
玖水はうつむき加減で少し不安げに返す。
「164cmだよ。やっぱり大きい、よね・・・
廊下歩いてても、男の子達ほとんど私より小さいし・・・」
「大丈夫だよぉ~どうせ男なんてあと2,3ヶ月もすれば私らの身長とっくに追い抜いちゃうって!
あいつら信じられないぐらい成長早いのよ!
私小学校で陸上やってたんだけど、6年生のときは
まだたいていの奴よりは速かったんだけどね、
卒業間際になるとどんどんみんな速くなっていっちゃって、かなり凹んだの(笑)」
玖水が一瞬また目を大きくしてキョトンとする。
「えっ・・・りくじょう・・・」
「うん私陸上部入ろうかと思ってたんだけど、、、あれもしかして三井さんも???」
玖水は慌てて冷静を取り戻す。
「あ・・・う、うん、なんでもないの。そうなんだ、中野さん走るの得意なんだね。」
(陸上部、か・・・)
「・・・・・・?
あ、もう時間みたいだから教室入ろうか。行こ!」
明日香は、突然顔色を変えて驚いた玖水を不思議に思いながら、
緊張で静まり返る教室へと入っていった。
#2 注目 に続く
