小説日記。

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【もう一つのプロローグ】 ‐終わりに向かう、一つの始まりの形‐



雄大な河が流れ、美しい山々がそびえ、悠然と森林が広がる世界で一番美しいと呼ばれた国があった。
国の名はヴァルハリア公国、存在する世界の名はファルナセリナ。
現代日本からすれば異世界、あるいは平行世界と呼ばれるであろう世界。
しかし、その美しかった公国も武力で世界統一を目論む国家、ダイダロス=ディザイア皇帝による支配国家。
ディザフィス帝国による侵略によって、河は毒と汚泥によって、森林は炎と魔術によって、山は兵の手によって削られ、その美しい姿は失われた。
そう、世界は破滅と支配、そして動乱の時代を迎えていた。


ディザフィス帝国の侵略により、ヴァルハリア公国城の属城は既に帝国の手に落ち、公国中心部である、ヴァレリア城も既に安全では無くなっていた。
父である公王の頼みにより、臣下と民の安全を近隣の同盟国に借りるしか無く、その対価として公女である私は同盟国へと差し出される事になっていた。
そして今日が……いえ数刻後には同盟国へと出発する予定の日。
準備は既に出来ており、後はもう、二度と戻れないであろう慣れ親しんだ自分の部屋で待つだけの時間。
今日で見納めと、物の少なくなった部屋を見て少し感傷に浸る。
帝国の侵略が進み、私が同盟国へと行けば、私がこの部屋へは二度と戻る事は無いだろう。
ドアの外から小さくノックの音がする。
「公女様、そろそろお時間です」
侍従長の声がドアの外から聞こえる。
私は短く返事を返し、ドアを開ける。
もう、決まってしまった事。
私の小さな未練だけで覆せる事ではなく、侍従長を始めとした共に向かう者達、ひいては父や公国民達の迷惑をかける事となる。
「ごめんなさい……待たせたわね」
小さく呟き微笑む。
ヴァレリア城の東塔にある私の部屋から本城に入る廊下、ふと見た窓の外、広がる平原が動いた気がした。
「……何、かしら」
呟き、同時に平原が淡く光る。
かなりの距離がある様に見えた光は魔術の発動光だと気付いたのは、魔術がその力を、その効果を発揮した後であった。
爆音、咄嗟の事で私は動けなかった。
「――公女様!」
侍従長が異変を察知し、私を本城側へと突き飛ばす。
それはギリギリのタイミングだった。
上空より降り注いだ岩に押し潰され、渡り廊下がその姿を消す。
侍従長の姿も、共に消え視界に映るのは同じ様に岩石にその美しかった白亜の姿を無残に引き裂かれた東塔の姿だった。
攻性型攻城魔術『破城星鎚』《マジックスペル メテオスウォーム》だと、私は理解した。
「――――」
理解しつつも、突然の、いや一瞬出来事に呆然となる。
しかし、何時までも呆然としている訳にはいかない、と思い立ち、まずは立ち上がる。
中庭に私を乗せ同盟国へと向かう馬車が待っている筈。
それを思い出し、立ち上がる。
身を挺して守ってくれた侍従長の為にも生き延びるべきである。
中庭へと駆け足で向かう。
気付けば城のあちこちから火の手が上がり、耳を澄ませばあちこちから剣戟の音が響く。
帝国による奇襲、それ以外には考えられなかった。
「公女様、ご無事でしたか!」
兵を引き連れ、脱出を試みようとしたのか、大臣の一人の姿を見つける。
「中庭に急ぎましょう」
兵達が私を囲い、大臣が先頭を切って進む。
私は、大臣が先頭を進む事態に違和感を覚えながらも……岩石により潰された道を避け、剣戟の音から離れる様に迂回しながらも中庭へと向かった。

中庭の光景に私は目を疑った。
共に同盟国へ向かう筈だった者達は赤い水溜りに倒れ伏し、破壊された馬車。
そして私達を待つ様に立つ、帝国の紋章を刻んだ盾を持ち、同じ紋章を刻む鎧を着た者達。
「――――お早いお着きで、魔術で死んでいなくて助かりましたよ……死体で区別するのも面倒ですからね」
口を開く、帝国の紋章の付いた杖を持つ、ローブを纏った魔術師らしき男。
恐らく、この部隊の部隊長であろう。
「お待たせしましたね、これで私を帝国へと受け入れてくれるのでしょう?」
大臣が口を開く。
その表情は見えない。
「――まさか」
保身の為に、この男は私だけでなく……この国を売ったのだとしたら。
「いやぁ、物分りが早くて助かりますよ、公女様?」
大臣がこちらに向き直り、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる。
「それで、公女を此処までつれて――――」
大臣が向き直り言葉を紡ぐ。
けれどその言葉は最後まで紡がれる事無く、大臣は魔術師の隣に立っていた帝国兵によりその身体を袈裟に切られて。
叫び声も無く、共に向かう筈だった従者達と同じ様に大地を赤く染めた。
周りの大臣の私兵達がざわめく。
そのざわめきを見て、魔術師が小さく呟き、杖を上げる。
「大地よ、破壊の槍となり、貫け……地錐陣《バーストグレイブ》」
詠唱、杖の先が光り大地が隆起し槍を思わせる形、錐状になり私を含めた兵士達を無差別に狙う。
「……っ!圧縮詠唱聖術、聖盾《ショートカットホーリースペル セインシールド》!」
掌が焼ける様に熱い。
媒介無しで魔術を扱い、掌から魔術の発動光が走る。
地面から突き出す錐を、魔術の盾が防ぎ無力化する。
しかし、それも私の眼前のみで。
「流石はヴァルハリア公国で一流の教育をお受けになった公女様だ」
魔術師が嗤う。
周りの兵士達は既に生きている者でさえ、息も絶え絶えで私一人。
「さぁ、公女様はこの数にどうか出来ますかね?……さぁ、討ち取った者には褒美を出そう」
魔術師が、帝国の兵士達に号令をかけると、詰め寄ってくる。
だが、私だってそう簡単にやられはしないと、常に身に着けている短いステッキを左手に、右手に短剣を抜き放つ。
「――――そう簡単に屈したりなんて!」
出来る事は抗う事だけ。
それだけでも私は諦め無い。
「ヴァルハリア公国公女!アニエス=リリア=ヴァルハルト、私の命の最期までお相手しましょう!」
本当は逃げ出したいぐらい怖い、けれど逃げ出しても私にはどうしようも無い。
だから抗う。
目の前の死と言う恐怖に怯え、冷静をギリギリで保って。

「よく言ったアニエス!」
上空から声が聞こえ、大地が揺れた。
「――――こいつらは俺が相手になろう」
良く通る低い声、人よりも一回り以上大きな巨躯。
獅子の身体を持つ獣人《ヴァルナ》と呼ばれる忌避される種族でありながら、ヴァルハリア公国の騎士団長まで、その実力により上り詰めた王者たる姿。
味方にとって尊敬と畏怖を持って、敵にとっては恐怖を持って見られるその姿は、私が物心付いたときより慣れ親しんだ姿。
「ガオウおじ様!」
「く、なんだと……『獅子王』がこちらに来るだと!」
魔術師の怯んだ声。
帝国兵士達も後ずさりしている。
「さぁ、どうした……帝国の卑怯者共!この『獅子王』ガオウ=リヴリアが相手になるぞ!」
巨大な身の丈ほどもある剣を手におじ様が吼える。
「えぇい……幾らあの『獅子王』が相手でも数で掛かれば!」
帝国兵が剣を構える。
「おじ様、私もお手伝いします」
ステッキを持ち直し、眼前の帝国兵達をにらみつける。
「かかれ――――」
帝国の魔術師が最期まで言い切る前に、『ソレ』は起きた。

そう、異変――パキリ、と確かな音を持って、空にヒビが入った。
世界が歪み、音に見上げた空の一部、紅く血に染まった様な満月が、否……その空間に亀裂が走る。
月が砕けたかの様に、空が開いた。


そして、本来ならば有り得ない筈の邂逅が、有り得ない筈の出来事が起きた。

出会う筈の無い世界が、繋がる事など有り得ない世界が、その亀裂を中心に繋がっていた。


【プロローグ】 ‐終わり、あるいは物語の始まり‐


ビルの屋上、地上二十階から見る景色――――目の前には眠らない都市と呼ばれる街らしく、未だにビルの明かりがちらほらと残る夜の闇が広がっている。
(こんな深夜遅くまでご苦労様です……よ、と)
声には出さずに呟き、冬の深夜の寒さに目を細める。
時刻は既に3時を回る頃だろうか、煙草の煙を冷たい空気と共に肺へと吸い込む。
肺の中が、煙と冷えた空気で満たされる。
紫煙を宙に向けて吐き出す。
それは煙なのか、水蒸気を含み冷やされた息なのか一度出てしまえば判別は出来ない。
下を見れば、深い闇の中、切れかけた電灯に照らされるコンクリートの地面が遥か遠く見える。
およそその距離、60メートル。
ほんの数秒で地面にたどり着けるだろう、身体がどうなるかは考えずとも判るが。
背後には転落防止のフェンス――――あくまで、転落を防止するだけであり、意志を持って下に降りようとする酔狂な人間には無意味で無力な存在――――の向こうには、白い封筒が一通。
中には春夏秋冬春夏秋冬《ひとめぐりひととせ》と言う酔狂な名前を付けられた最後の手紙……いわゆる遺書が中に入っている。
生きる意志を無くした三日前の事をふと思い出す。

単純な事、流れ作業の単純な仕事の最中、『幸せとは何か』なんて答えの出ないであろう事を考えてしまった。
(金があろうと、心から愛せる人が居ようと、絶対的な幸せとは言えないんだろうな――)
そんな人が居たためしも無いし、そんなに金を持っていたためしも無い訳だが、と心の呟きに付け加えて苦笑をもらす。
もし金があれば、もし恋人がいれば、また違う考えを持ったのかも知れない、と考えるが。

(今、俺は幸せと言えるだろうか?それとも――)
短くなった煙草の最後の一口を吸い、目を閉じる。
幸不幸の問題なんて幾ら考えた所で答えの出ない問題であり、青臭い考えなのも判っている。
(それでも――生きる理由、意味をなくすには十分な理由、だよ)
心の中で思い、目を開け遠くのコンクリートの地面を見る。
「少なくとも、俺にとっては……かな」
呟く、返事をするのは冬の風だけ。
(飛び降りるには、少しばかり風が冷たすぎやしないかな)
そんな事を不意に思いつき笑い声を上げる。
咎める者など此処には誰も居ない。
ただ、笑い声が冬の空に吸い込まれて行くだけ。
フィルターだけになった煙草を律儀に携帯灰皿に入れる。
何かに呼ばれた様に見上げた空には、まるで全てを照らす様に、鮮血で染まったかの様な紅い、満ちきった月が大きく輝いていた。
見上げたまま、目を閉じれば瞼の裏に、紅い満月が映る。
(これから向かう暗い闇の共には、最高すぎる付き添いだな)
自ら選んだとは言え、苦笑をもらす。
屋上の縁に背を向ける様に立つ。
空を見上げ、瞼の裏側に満月を映したまま、まるで後ろ向きに倒れ込むように。

冬の夜の闇の中、その身体を宙へと投げ出した。