━━10周期━>
今からちょうど10年くらい前の高校卒業したときのこと…
大学進学の波に乗らずにいたのは、進学に何の目的もないのに何故しなければならないという反発と、今やりたいことをやらせろという感情からだった。
自分なりに社会と向き合って、やりたいことだけじゃなくて出来ることを増やすことが、自分が社会で過ごしやすいパーセンテージに比例することを知った。
悩んだあのときから抗って10年…
あのときの自分を振り返ると、今この瞬間まで環境や人によく生かされてきたなとつくづく思う。
そんな感情をまるっと10年スライドさせて、今の自分とあの時の自分を重ね合わせてみる。
私がこの先中年に差し掛かった頃にも、おそらく"よく生きたな"と思うに違いない。
でもその過程に"ずっと"って存在は少な過ぎて…というか掴み止める力がなくて。
属して排他されを繰り返し、繰り返し、繰り返し…
生きながらえることは曰ば"何かを裏切った数"なのかと私は思う。
そしてそれを躊躇しない自分が内在していることも、無意識の領域はきっと自覚している。
何も裏切りたくないという美談との二律背反のなかで、あとどれくらい私は生きていけるだろう。
外的環境因子は求めない。助けなんて求めない。
だって、それで何かを手にしても嬉しさより虚しさに支配されてしまうから。
狂おしいながらも生きる力がなくならないのは偏に"一度は存在を捨てた経験を有する"者の強みなのか。
いやいや、それは自暴自棄の果ての結果論に過ぎない。
40手前の自分が振り返ったらきっとこう言うだろう…
「よく生きた」と。
AAAAICHI
大学進学の波に乗らずにいたのは、進学に何の目的もないのに何故しなければならないという反発と、今やりたいことをやらせろという感情からだった。
自分なりに社会と向き合って、やりたいことだけじゃなくて出来ることを増やすことが、自分が社会で過ごしやすいパーセンテージに比例することを知った。
悩んだあのときから抗って10年…
あのときの自分を振り返ると、今この瞬間まで環境や人によく生かされてきたなとつくづく思う。
そんな感情をまるっと10年スライドさせて、今の自分とあの時の自分を重ね合わせてみる。
私がこの先中年に差し掛かった頃にも、おそらく"よく生きたな"と思うに違いない。
でもその過程に"ずっと"って存在は少な過ぎて…というか掴み止める力がなくて。
属して排他されを繰り返し、繰り返し、繰り返し…
生きながらえることは曰ば"何かを裏切った数"なのかと私は思う。
そしてそれを躊躇しない自分が内在していることも、無意識の領域はきっと自覚している。
何も裏切りたくないという美談との二律背反のなかで、あとどれくらい私は生きていけるだろう。
外的環境因子は求めない。助けなんて求めない。
だって、それで何かを手にしても嬉しさより虚しさに支配されてしまうから。
狂おしいながらも生きる力がなくならないのは偏に"一度は存在を捨てた経験を有する"者の強みなのか。
いやいや、それは自暴自棄の果ての結果論に過ぎない。
40手前の自分が振り返ったらきっとこう言うだろう…
「よく生きた」と。
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