1年前に私がいる部署に異動してきた同期が、また異動になった。悪い言い方をすれば左遷。
前は仲が良かったけど、同じ部署になってから嫌いになった。
同期だから嫌な部分が直接感情になった部分もあるし、もっと気遣いできるだろ…って思うこともあった。
そんな日常が続くうちに、話すことも業務連絡だけになった。
いわゆる無関心を装って、同期と絡むことから逃げた。
でもそれってよかったのかな…
その同期はやっぱり変わっていて(入社して2年半で2回も異動するくらい)
今やそんなキャラクターが先走って周り全員が冷たく、業務も上手くこなせていなかった。
今の彼がどう感じているかはわからないけれど、もし職場でもっと上手くやるアドバイスを送れた人がいるなら、それは同期の私だったんではないか。
気を遣う優しさは果たして優しさと呼べるんですか?と自問自答している。
当たり障りのない会話に逃げないで、言うべきだなと思ったことを言った方が良かったよきっと。
「お前のこと思って言うけどな!」って言えたよな。
せっかく同期になったんだから、もっと関わっていくべきだったんじゃないのか。
…とここまで思うことはもちろんある。けど本当の私はもっと腹黒いのです。
正直本当に嫌いな人間だった。
協調性ないし勝手だし言い方強いし。
率直に言って、もうどうにでもなっていいと思っているのです。
上に書いてるけど、言うべきことを言った方がよかったって?
それは誰のためなの?
嫌いな同期のため?嫌いな人にそこまで言いたいの?
いや違う。結局は自分のためなのではないか。
嫌いになる人って、自分の許容範囲をはみ出す人だと思うのです。
だから相手に言うべきことを言って、自分の許容範囲に収めようとしているのではないか?
いや違う?自分の許容範囲を広げるために、相手に言うことを言って自分の見解を整理して受け入れようとしている?
迷子。
最初に書きたかった内容とだいぶかけ離れてしまった気が…
もう最近いつもこんな感じなのです。
おそらく正解のない問題に堂々巡りしている。
自分の芯がまだできていないと思うのです。芯ができていれば自分の中で結論を出すことはできるはずなんだ。
同期の異動はまだ少し先だし、もうちょっとこの件に関しては考えを深めたいです。
「人に流されて生きるのをやめたい。自分の芯で動きたい。」
しばらくの私のテーマ
