薄明の世界 第十九話
宗弦は走った。
言うことを訊かない黒猫を何故か抱きかかえながら。
目指すは禅清寺。
そこに、綾がいる。
宗弦に苦汁を舐めさせ、奈落の底へ落としめるためには、恐らく何の罪悪感もないはずだ。綾の中には既に虚無が存在している。満足できるならばどんな方法も厭わず、目的の達成のため、例え自らの身を削ろうと気にも留めないだろう。
彼女をとめなければならない。それが、宗弦に課せられた最後の使命であることに何の変わりもない。
「あー、目がくらんできやがった」
抱きかかえた黒猫が言う。
それならば、何故言うことを訊かなかった? 今更、私のせいだとでもいうつもりか?
宗弦は憮然とした態度でそう問いただそうとしたが、喉まで出掛かってやめた。万が一、この黒猫が役に立つ時がくるかもしれない。無論、綾を成仏させることにおいて、何かしらの力を発揮してくれるなどという他力本願をするつもりは全くない。しかし、黒猫が発した言葉が忘れられなかった。
一緒にいなきゃならねえ。
そう言われた時、宗弦もそう思った。理屈は何もなく、根拠もそれこそ、どこにも見当たらない。ただ、共にいなければならない。無性に、そんな感じがした。
「勘が働いたならば、その勘に従うも自らの信念を貫くことであり、やがて信仰心に導かれ、神仏からの御言葉であるとも言える」
宗庵和尚の言葉だ。
「血は止まってるだろう。何故、目がくらむ?」
「血じゃねえよ。片足を失って、それを修繕するのに力を注いでんだ。目もくらむさ」
「修繕?」
「ばーか。どこの世界に人の言葉を喋るただの猫がいるってんだよ。猫又だよ、俺ぁ」
黒猫の言葉は宗弦の足を止めるには充分すぎるものだった。
急ぎ禅清寺に向かわなければならない。
そのことすら、宗弦は頭の中から消えかけていた。