薄明の世界 十六話
黒猫の目は見れば見るほどに、憎たらしく見えた。
人を見下したような鋭い目は、更に宗弦をいらつかせる。
そもそも、癇癪持ちではない宗弦が、一目見ただけで苛々する生物に出会ったのは、初めてのことだった。火急の用があるためだからだろうか。一日中暇な日に出会ったとしても、言葉を解するような黒猫をすんなり受け入れられるほどの柔軟さは、持ち合わせていない。
人をハゲ呼ばわりするような猫を快く思うはずもない。
「辛気臭せぇ顔しやがって。てめえが宗弦って坊主だろう? ようやく見つけたぜ。こちとら、命狙われてちょいと手負いなんでぃ。助けやがれ」
「断る。どこのどちらさんか知らぬが、手負いならば医者に見てもらえばいいだろう」
見れば、黒猫の左前足がすっぱりと斬れてなくなっている。刀で斬られたのだろう、見事な切り口だった。
哀れだとは思うが、医術の心得は宗弦になく、助けたいという願望を持ったとしても宗弦にはどうしようもない。少なくとも、この黒猫に対して哀れだと同情するが、助けたいという願望は宗弦の心に溢れることはなかった。
「血の涙もねぇ坊主だな! てめえには慈悲って心がねえのかよ!」
「だったら、ハゲって言葉を取り消せ、莫迦猫」
「どこをどう見たってハゲだろうが! 嘘言って何になるってんだ」
「これは剃ってるんだ!」
「知るか、ハゲ!!」