薄明の世界 第九話
宗弦が長屋へ戻った頃には黄昏時だった。空は朱色に染まり、雲が優雅に泳いでいる。夏の虫が高らかに美しい旋律を奏で、暑さを一層強く思わせる。
異様なまでの暑さは不思議でさえあり、その異様さはこの場所に似合わぬ人間、物があるからだ。
もの苦しく、鋭い目つきで辺りを見回す侍。
家紋付の煌びやかな輿。
長屋の住人たちも、一様に表に飛び出してぴりぴりとした緊張感に身を浸していた。
宗弦は一度、歩を休めた。長屋の住人の一人が近づいてきたが、宗 弦は無意識に手を上げて制してから自分を納得させるように静かに、頷いた。そして、散々見慣れたはずの狭い部屋の中へ――長屋の一角に過ぎない薄い壁一つで区切られたその中へと入っていく。
質素な造りの障子張りになっている入り口から入ると、正装をした侍の後姿が見えた。
「人の家に勝手に入り込むとは無粋としか言いようがありませんね。それとも、お殿様は下々の者に意見を言わせることをお許しにならないようなお方なのですか?」
そこにいるのが、沖浦家の当主であることはすぐに分かった。それと同時に、宗弦は憤慨を隠せずにそのまま感情を口に出した。