ブログネタ:原発再稼働どう思う? 参加中これは決定や実行の時期と、それ自体を慎重に検討し、そして真剣に、かつ幾度もの熟慮を何度も重ねた後に、その上で更に細心の注意を怠る事なくして真摯に誠実に取り組むべき非常に重大な問題でありましょう。
何しろ、これは原子力発電所を、その居住区域内に抱えておられる地域の皆さま方が隣り合わせに直面されている不安や恐怖を考えれば、ただ事では済まされない実に深刻な重大事なのです。
昨年の大震災で原発の(安全)神話が崩れ去った今、一定の土地や地域、及び一部の方々に対して、これ以上の労苦や心労を強いる事は耐え難い罪悪感を感じないでは居られません。
この問題は原子力発電所の脅威に悩み苦しんで来られた方々の犠牲と引き換えに、これまで通り我々の利便性を追求する生活の継続が為されて行く事を見つめ直し考え直すべき時に直面している、と捉える最後の契機なのではないでしょうか
無論、電気や電力は必要不可欠ですし原発に代わり得る何か他の方法や存在が有る訳でもないですし、また原子力発電を完全に廃止した後、生じる電力の不足分は公平かつ平等な計画停電で帳尻を合わせれば済む、などと短絡的で無責任な事を言う心算もありません。
十分かつ安定的な電気の供給が無ければ様々な部分に支障を来すであろう事は誰の目にも、そして火を見るよりも明らかです。
例えば一例として公共の場に目を向ければ高齢者や(社会的)弱者の生活や行動を様々な部分で電力が補助している現実も有る訳で、そう言った殆んど無視されがちな分野の事にまで、きちんと注意を注いで考えて行くと原発と言う電気の供給源が無くなる事など先ず以て考えられないのも、また事実であります。
しかしながら福祉や公益を追求し拡充し行く事に平行して、その一方では利益や快適性を提供する為の原動力が産出される影に核や原子力の脅威を感じている人々が居る事にも意識を向ける必要があるのです。
つまり原子力発電所の及ぼす弊害に直接的な縁が無い我々(原発の区域外に居住する人々)は一部の犠牲者を土台とした社会的な構造に乗り、それに甘えた形で生活している、と表現する事が出来るかも知れません。
誰かの不幸や不利益を基に、それ以外の者が幸福や付加価値を築く考え方は、もう終わりにするべき時なのではないでしょうか